「このマンガがすごい! 2014」SF系短編集豊作の年

 毎年この時期恒例の「このマンガがすごい!」(宝島社)が9日ごろから発売されています。
 
 今年もランキング投票に参加させていただきました。個人的にはSF系の短編集が豊作だった気がして、それが私のランキングに反映しています。(私の投票結果は130ページに掲載)


「SF系の短編集が豊作だった」との私の印象にしたがって、今年単行本が刊行されたSF系短編集で印象深かったものを紹介してみます。(「このマンガがすごい!」に投票した作品かどうかは関係ありません)



●高橋聖一『高橋聖一のよいこのSF劇場』(小学館、2013年9月4日発行)
 
 この単行本が発売されたばかりの頃たまたま書店で見かけ、帯に記された「すこし不思議なSF劇場」という文言と、ひとつひとつの収録作品を紹介するコメントに心惹かれました。
 以下の6編の短編が収録されています。

 「よいこのSF劇場」シリーズ
 ・『紙製地球救出装置』
 ・『宇宙船撃墜命令』、
 ・『パスタでわかる世界消滅!』
 ・『20分後のない世界』、
 「爆発!人ずきんちゃん」シリーズ
 ・『爆発!人ずきんちゃん〜黒澤に挑んだ女優!の巻〜』
 ・『爆発!人ずきんちゃん〜太宰に挑んだ女優!の巻〜』

 帯に「すこし不思議なSF劇場」と記されている時点で、藤子・F・不二雄先生のSF短編が意識されているのだろうと思ったわけですが、巻末に収録された舞台裏マンガで編集者と作者のこんなやりとりが描かれていて、この作品はそもそもがF先生のSF短編のようなものを描きたいとの動機から始まっているのだとわかりました。

 編集者「高橋氏さぁ、自分の好きな漫画を描きなよ。その方がおもしろくなるんじゃないかな。好きな漫画、何よ?」
 作者「藤子・F・不二雄先生のSF短編が好きです」


 じっさいに作品を読んでみると、藤子F先生のSF短編のようなマンガを志した作品であると同時に、藤子Fネタが満載の作品でもありました。ドラえもんが乗っているタイムマシンや、『のび太の大魔境』に出てくる「オロローン」をはじめ、細かい藤子Fネタがいっぱいなのです。F作品ばかりじゃなく、A作品のネタもありました。藤子作品以外にもいろいろなところから小ネタを入れ込んでいます。とくに映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』への愛情がひしひしと伝わってきました。
 各作品にどんなネタが入れ込んであるのか読者に気づいてもらえないことを心配した作者は、詳しい解説文まで用意しています。この解説文、ページあたりの文字数が濃密です。


「よいこのSF劇場」シリーズの4編は、どれも何らかの理由で世界が滅亡の危機に瀕しています。人類史上極限の状況下で、人々が何を考えどんな行動を取るのか……。非常に深刻な状況ではあるのですが全体的に軽妙なノリで、登場人物たちの生活感を程よく味わいながら、アイデアを利かせたSF的解決を楽しめました。そして、地球が救われているのはどこかで地球を救ってくれている人がいるからだ…という当たり前だけれど忘れがちな真実に、あらためて感じ入ったのでした。
「爆発!人ずきんちゃん」は、元グラビアアイドルで今は売れない役者・江戸川乱子が主人公。あまりに本職が暇な彼女は、演じてほしい人・なりすましてほしい人をネットで募集して、その役を演じる仕事に挑戦します。
 この江戸川乱子、「よいこのSF劇場」シリーズの4編すべてに、何らかのかたちで登場しています。というか、「よいこのSF劇場」シリーズは、江戸川乱子に限らず、各作品の登場人物がリンクしており、「あの作品に登場したこの人が、こちらの作品ではこんなふうに出てくるのか!」という楽しみ方ができるのです。
 高橋聖一さんには、このジャンル(すこしふしぎな短編マンガ)を極めていってほしいなと思います。




庄司創三文未来の家庭訪問』(講談社、2013年3月22日発行) 
 
 新たなる本格的SFマンガの描き手・庄司創さんの短編集です。『辺獄にて』『三文未来の家庭訪問』『パンサラッサ連れ行く』の3編を収録。どの作品も練り込まれた思索的なSF短編で、充実の読み応えを授けてくれます。帯コメントを書いているのが萩尾望都先生なのも嬉しいところ!


 表題作の『三文未来の家庭訪問』は作者のデビュー作。近未来を舞台に、遺伝子操作によって出産できる身体を持って生まれた男の子と、カルト的活動に執心する母親の巻き添えを食う生活を送る女の子の淡い恋を描いた秀作です。
 タイトルに「家庭訪問」とあるのは、家庭相談員のカセノさんが本作の狂言回し的な役割だから。男の子と女の子が抱えるそれぞれの複雑な問題が思索され、良い方向へ進めるよう行動が起こされます。そこには、カセノさんの助言もあったりします。
 ある登場人物の、性の多様化をめぐる言説が印象的でした。本作で描かれる近未来の様相を見て「こんなふうになっているのか」と感心したり驚いたりもしました。いわゆるセンス・オブ・ワンダーの魅力を感じたのです。
 諸問題についてよく考えられた作品であり、読者に考える機会をもたらす作品でもあります。


『辺獄にて』は、臨死状態の人に天国・地獄の体験を味わわせる施設「人生完結センター」が主舞台。斬新な天国・地獄のイメージと、主人公が歩んできた人生の意味を問うドラマが絡み合って、独特の深い読み味を感じました。


 この作者は、『勇者ヴォグ・ランバ』(全2巻)という長編SFも描いています。
 
 巻末の作者の弁にあるとおり、伊藤計劃SF小説の影響を受けています。マンガとしてちょっとこなれていないところがあるし、難解でわかりづらい面もありますが、ここまで本格的な思考実験SFマンガを描いた作者の力量は確かなものと感じました。今後、短編にも長編にも期待したいSF漫画家です。
 ちなみに私は、伊藤計劃の小説は以下の2冊を読んだことがあります。庄司創作品と合わせて読むと、より深く楽しめると思います。
 




●柴谷けん『今夜は昨日の星が降る』(宝島社、2013年1月31日発行
 
 私が愛読するマンガ『第七女子会彷徨』の作者つばなさんが帯に推薦文を書いているうえ、裏表紙側の帯に「すこしフシギな4つの出会いが、すごくフシギな奇跡を生む」とあって、この作品は私の好物ではなかろうかと直観。購入して読んでみました。
 作者の柴谷けんさんは、2011年第2回「このマンガがすごい!」大賞で最優秀賞を受賞した新鋭です。そのときの受賞作『スモールさん』などは、単行本『小さいおじさんと、不機嫌な花子さん』(宝島社)としてまとめられています。
 本作『今夜は昨日の星が降る』は、柴谷さんの2冊目の単行本。読んでみると、小惑星が衝突することが判明し地球が滅亡の危機を迎える…という大状況のもと、いくつかの不思議な道具が駆使されながら、収録された4つのエピソードが絶妙につながり合って結末に収斂していく、すこしふしぎですこしホラーな作品でした。吸うと気絶して丸一日の記憶がなくなる葉巻や、砂が落ちるまで時間が止まる砂時計など不思議な道具が出てくるところをはじめ、練られた構成や時間の因果律に関する話など、藤子・F・不二雄先生のSF短編や『ドラえもん』などを思い出させる要素が見られました。
 帯に「すこしフシギ」とあるとおりです。
 読んだあとで知ったことですが、この作者さん、やはりF先生の短編や『ドラえもん』がお好きなんだそうです。
 柴谷けん…今後も気にかけていきたいマンガ家の一人になりました。




九井諒子『ひきだしにテラリウム』(イースト・プレス、2013年3月27日発行)
 
 33編のショートショートを収録。全体的に奇妙かつユーモラスな味わいで、オチが巧みな作品が多いです。帯に「コメディ、昔話、ファンタジー、SF……万華鏡のようにきらめく掌篇…」とあるように、バラエティに富んだ作品を堪能できます。
 オチがもたらしてくれる驚きや腑に落ちる感覚が心地よいです。最後の一コマによってお話の全体像が一気に見えてくるタイプの話は、読後の満足度が高いですね。ショートショートはやはり、キレのよいオチが重要な魅力なんだなあ、と感じました。
 33編のなかにはオチに力点の置かれていない作品もあります。そういう作品もまた読ませます。不思議な話、洒落っ気のある話、ほのぼのとした話、シュールな話など、一編につき数ページの短い作品のひとつひとつに引き込まれました。物語で物語を批評するような作品、いわゆるメタ物語的なものもあって、ショートショートの形式でショートショートについて語る…みたいな作品がとりわけ印象深かったです。
 逸品ぞろいのショートショート集ですが、特に『恋人カタログ』『かわいそうな動物園』『旅行へ行きたい』『すごいお金持ち』『語り草』『春陽』『かわいくなりたい』『ショートショートの主人公』『遠き理想郷』などが好きです。単行本の最初の収録作に『すれ違わない』、最終収録作に『未来人』を配置したのも粋だなあ。
 アイデアやユーモアが効いていて、話の構成も巧みで、とにかくすばらしい面白さです。この作者の実力をあらためて確認しました。




業田良家機械仕掛けの愛』現在2巻まで(小学館、2巻は2013年8月4日発行)
 
 その言動から“心”というものを持っているようにしか見えないロボットたち。人間の恋愛対象になったり教員を務めたりとそれぞれの役割を人間社会のなかで果たしています。それでも、ロボットたちの心は“機械仕掛け”の現象でしかなく、ロボットたちが持つ思い出は記憶媒体を差し替えることで簡単に交換可能だし、ときにはロボット自身が“自分の愛は機能である”と告白したりして、ロボットたちの心が即物的なものとして扱われます――。ロボットに感情移入しながら読んでいると、そんなところで切なくなります。
 にもかかわらず、ロボットたちは自分らの立場をわきまえて不平を言わず、周囲の人間たちよりずっと心ある行動を取ったり、人間以上にヒューマニズムにあふれた態度を見せたりします。涙を流す機能がないから泣けないのですが、それなのにロボットたちは本気で深く泣いています。人間に役立つように造られているからこそ、驚くほど献身的だったりもします。それはもう、いくらプログラムだとか機械仕掛けだとか機能だとか言われても、“心”としか思えないものなのです。
 かりそめの心が真の心を鋭くあたたかく映し出し、人間の愚かさ、ロボットの哀しさ、そして人間とロボットの関係が心を揺さぶります。今年の手塚治虫文化賞で短編賞を受賞しており、私もSF系短編マンガの傑作だと思います。




●感想を書く余裕がなくなりましたが、ほかに、吉富昭仁『へんなねえさん』(太田出版、2013年10月25日発行)や、笠辺哲『ラタキアの魔女』(集英社、2013年11月6日発行)も今年印象に残った短編集です。
 
『へんなねえさん』は、かわいい美少女がいっぱいの、少しおバカでエッチなSF。
『ラタキアの魔女』は、サンタクロースという仕事のシビアな実態に迫る『ボーヤのクリスマス』や、スマホ搭載の銃が使用される未来の戦争のありようを描いた『宇宙戦争』、人買いによってラタキアの魔女の元へ連れて行かれた少年の数奇な生涯を綴った『ラタキアの魔女』など、粒ぞろいの短編集でおススメです。