クリストファー・リーさんの訃報に触れて

『吸血鬼ドラキュラ』(1958年)のドラキュラ伯爵役など数々の映画に出演してきた俳優のクリストファー・リーさんの訃報が伝えられました。
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150612/k10010111631000.html

 私がクリストファー・リーさんの名を初めて知ったのは、おそらく藤子不二雄A先生のインタビューだったと思います。
『怪物くん』が象徴するようにA先生は大の怪物好きで、いろいろな怪物がお好きななか、ドラキュラがいちばん好きと発言することが多いです。(フランケンシュタインの怪物やハエ男がいちばん好きだと語られたこともありますが)
 A先生はドラキュラが好きな理由をこうおっしゃっています。

昔から、フランケンシュタイン、狼男とともに、古典的怪物?ビッグ3?のひとつにされてるけど、なんていったってドラキュラ伯爵が最高ですよ。美的なところと気品とを持ち合わせているし、美女それも処女の生き血を吸うなんて、男性の願望を満たしてくれてるみたいで、セクシーな魅力がありますよ。
(「女性セブン」1979年8月9日号)

 美しく品があってセクシー。A先生はドラキュラのそんなところに魅惑されたのです。 
 そしてA先生は、大好きなドラキュラのなかでもクリストファー・リーが演じたドラキュラが最も好き、とおっしゃっています。

(ドラキュラは)俳優によってかなりイメージが違いますからね。やっぱりクリストファー・リーが一番いいんじゃないですか。貴族としての品があるでしょ。それに長身で、それでパッとマントをひるがえして走る格好なんか、なんともいえないですね。

 A先生は、クリストファー・リー版ドラキュラが好きという気持ちを、ご自分のマンガのなかでも反映させています。リー版ドラキュラの姿をリアルタッチで何度か描いているのです。
 たとえば、最も印象的にリー版ドラキュラが描かれているのが、短編『不思議町怪奇通り』です。この作品のラストにドラキュラが登場して、大きなインパクトを与えてくれます。ギャグタッチの絵柄で展開してきた話が、リアルタッチのドラキュラでオチをつけられるのですから、その絵柄の落差に衝撃を感じたりもしました。
 そこで思い出しました。『不思議町怪奇通り』でリー版ドラキュラが描かれているという話をきっかけに、知人を介して怪奇映画研究の専門家Iさんとやりとりさせていただいたことがあるのです。
 Iさんによれば、『不思議町怪奇通り』で描かれたドラキュラの顔は紛れもなくクリストファー・リーが演じたドラキュラがモデルだが、このドラキュラの衣装に関してはクリストファー・リー版ではなく、ベラ・ルゴシ版をモデルにしている、ということでした。ベラ・ルゴシは『魔人ドラキュラ』(1931年)でドラキュラを演じた俳優で、ドラキュラ俳優といえばルゴシかリーか、というくらい名高い人物です。
 では、『不思議町怪奇通り』で描かれたドラキュラの衣装がなぜリー版ではなくルゴシ版のものだとわかるのか。それは、このドラキュラのマントは襟が立っており、リー版とルゴシ版のうちマントの襟が立っているのはルゴシ版だからです。リー版ドラキュラはマントの襟を立てていないのです。
 つまりA先生は、顔はリー版、衣装はルゴシ版、というふうに、2人の代表的ドラキュラ俳優の要素を合体させておられるわけです。


魔太郎がくる!!』の「ドラキュラ・マントはドラキュラを呼ぶ」で描かれたドラキュラも、『不思議町怪奇通り』と同じく顔はリー版なのですが、マントの襟が立っており、衣装はルゴシ版です。そういえば、復讐モードの魔太郎もマントの襟を立てていますね。
 IさんはA先生がルゴシ版の衣装を選んだ理由について「襟の立ったマントは大衆的に“ドラキュラであることを分からせやすい非常に強力な記号”であったから」という見解を示してくださいました。



 クリストファー・リーさんの訃報に触れて、私はそんなことを思い出したのでした。
 リーさんのご冥福をお祈りいたします。