「おこのみ建国用品いろいろ」

 2月10日(金)に放送されたアニメ『ドラえもん』は、Bパートが「独立!のび太国」という話でした。
 国境警隊、輸入交渉、不法入国者などの概念が出てくる話です。このタイミングでこの話をやるのは、やはりトランプ大統領の政策・発言を意識してのことだろうか…と、つい思ってしまいました。国境、輸入、不法入国……どれもトランプ大統領の言動によく出てきて問題化しているキーワードですから。


 この話がトランプ風刺のために新規に作られたアニメオリジナル作品だと思い込んでおられるようなご意見を、ネット上で多々拝見しました。しかしこれにはちゃんと藤子・F・不二雄先生の原作があるのです。
 原作の題名は「おこのみ建国用品いろいろ」。「小学五年生」と「小学六年生」の1989年8月号で発表され、てんとう虫コミックス40巻などに収録されました。
 今回放送されたアニメ版は、ストーリーラインがおおむね原作に沿っていて、セリフも原作とほぼ一致するところが多く、トランプ大統領を意識して新たに加えたような要素は見られません。


 放送されたタイミングが、トランプ大統領アメリカ国内ばかりか世界を騒がせているこの時期だっただけに、私も不意にトランプ大統領と関連付けて考えてしまいました。が、今回の放送のAパートがバレンタインデーを意識したと思われる「ココロチョコ」だったことを鑑みると、Bパートで「おこのみ建国用品いろいろ」をアニメ化したのは、放送翌日の“建国記念の日”を意識してのことだろう、とただちに思い直しました。
 ただ、建国記念の日を意識して選ばれたはずの話が、トランプ大統領を風刺したものだと多くの視聴者に受け止められたのは厳然たる事実です。そうやって受け止められてしまうような情勢の最中に、放送日がたまたま重なってしまったのでしょうか。それとも、建国記念の日を意識すると同時に、トランプ大統領の存在も念頭にあっての話のセレクトだったのでしょうか。そのへんの確かなところは、この話をこの日にやろうと決めた関係者に訊いてみないとわかりませんが。


 原作の「おこのみ建国用品いろいろ」は、基本的には、政治的メッセージとか風刺云々といった話ではありません。国境、外交、輸入、亡命、不法入国など独立国家にまつわる概念を、子どもの生活圏内にひょいと入れ込んで作られたすこしふしぎな娯楽作品なのです。F先生は『オバケのQ太郎』(Ⓐ先生との合作)でオバケの日常化を、『パーマン』でスーパーマンの日常化を、『エスパー魔美』ではヌードの日常化を行なっています。非日常の日常化、という試みです。その流れで言えば、「おこのみ建国用品いろいろ」では、独立国家にまつわる概念の日常化が試みられているわけです。
 ただし、風刺を意図せず描いた作品であっても、そこにネタとして国家の独立とか国境警隊とか輸入交渉とか不法入国といった事柄を取り入れてしまえば、マンガが本来持っている風刺の機能がおのずと発動されてしまう…ということはままあります。F先生も、そういう意味のことをおっしゃっていました。
 

 「風刺」は、まんがの持つ機能の内の一つです。特にまんがの発生した当初においては、風刺こそ、まんがの最大の武器であったようです。言うまでもなく、描こうとする対象の特徴を拡大し、誇張した絵がまんがなのですから、これは当然でしょう。写実以上に作者の主張が、クッキリと打ち出されるわけです。
 (略)
 「ドラえもん」は、笑いの要素をメインに置いてはいますが、その他モロモロ諸要素ゴッタ煮まんがであります。ただ一つ「風刺」だけはまったく念頭にありませんでした。
 ところが、ドラえもんを読んでくださった人の中には、その風刺性を云々される声も、かなりあったのです。「エッ?」と思って読み返して見ると、まあ、そんな感じのする作品も無いではない。これは作者の意図とはかかわりなく、まんが本来の持つ機能が生み出した付帯効果でありましょう。例えば汚職とか、環境破壊とか、もっと根元的な人間の欲望とかそんな物をまんがの材料に組み入れたとき、単にそれをあるがままに描いたとしても結果として風刺になったりするのです。
 (『藤子不二雄自選集5 ドラえもん 風刺の世界1』 小学館、1982年)

 というわけで、今回のアニメ「独立!のび太国」は、原作からして風刺と思われそうなネタであることに加え、放送されたタイミングも手伝って、「トランプを風刺した話だ」と多くの視聴者に受け止められたのです。


 最後に。
 F先生の「おこのみ建国用品いろいろ」と星新一さんの小説『マイ国家』の設定に共通性が見られる、と知人から言われ、ああそういえば!と思いました。『マイ国家』を読んだのはずいぶん前のことで、細部の記憶はおぼろげですが、大まかに言えば、自分の家を独立国家だと宣言した人が、家に来た訪問者を、勝手に国境を越えた不法入国者として扱う…といった話です。