『黒ベエ』で藤子不二雄Ⓐ先生を偲んだ日

 今年6月8日のことです。

 その日の晩、黒ベエとともに黒ラベルを飲みました。

 

 4月に他界された藤子不二雄Ⓐ先生を偲んでサンコミックス『黒ベエ』全3巻を再読したさい、この単行本はまったくもって素晴らしく魅惑的だなあ、とあらためて実感しました。

 ココロからヨダレが出るほど好物の単行本です。

 作品そのものの内容×単行本の魅力という観点で見れば、全藤子Ⓐ作品のなかでもベスト級の愛着をおぼえます。

 

 『黒ベエ』は、脂の乗りきった時代の藤子Ⓐ先生の先鋭的な表現欲がみなぎっており、奮いたち震えあがるほど大好きな作品です。本作を初めて読んだのがサンコミックス版で、この単行本の表紙画も厚みも色味も紙質もじつに魅惑的に感じました。

 第3巻に『夢魔子』『不気味コレクション(ぶきみな5週間)』が併録されているところもそそります。

 

 サンコミックス『黒ベエ』は、カバー見返しの惹句もよいです。

 作品の特質を鋭くつかんだ、リズミカルな謳い上げ! これを書いた人物はただものじゃない、と昔から思っていましたが、『黒ベエ』に限らず多くのサンコミックスで見返しの惹句を書いた人物は辻真先先生らしい、と知ったときはおおいに納得しました。

 

 『黒ベエ』は藤子Ⓐ先生が少年誌へブラックユーモアを本格的に持ちこんだ最初の作品、と評されます。

 行く先々でたまたま出会った人間に意地悪をしまくる影少年・黒ベエが主人公です。彼が連れているペットは、腹が減ると人間を食べたがったりするハゲワシのハゲベエ…。この両者は、ともに旅する切っても切れない仲間でありながら決して馴れ合わない魔コンビなのです。

 

 『黒ベエ』には藤子Ⓐ先生独自の表現技法がふんだんに投入されています。独特の影の付け方、加工した写真の貼りつけ、独創的な擬音語の多用など、アーティストとしての藤子Ⓐ先生の才気が画面に炸裂しています。そのアーティスト性は、とりわけ本作の不気味で抒情的なプロローグに象徴的にあらわれています。