「(秘)スパイ大作戦」「ハロー宇宙人」放送

 本日5月20日、『わさドラ』6回目が放送された。「(秘)スパイ大作戦」→「ミニシアター」→「ハロー宇宙人」という構成。
 今日はまず、藤子・F・不二雄先生が描いた原作の「(秘)スパイ大作戦」「ハロー宇宙人」に私なりの解説を加え、そのうえで今日の『わさドラ』を観た感想を書きたい。




●「(秘)スパイ大作戦

単行本:「てんとう虫コミックス」1巻などに収録
初出:「小学四年生」1970年5月号

「(秘)スパイ大作戦」と聞けば、アメリカの人気ドラマ『スパイ大作戦』(1966年〜1973年/原題『Mission:Impossible』)を思い出す。このドラマ、日本では1967年からフジテレビで放送され、藤子・F先生が「(秘)スパイ大作戦」を執筆した当時も放送中だったはずなので、先生はこのドラマのタイトルを『ドラえもん』のサブタイトルに用いたのだろう。
 ドラマの『スパイ大作戦』は、特殊な訓練を積み知力体力ともに優れたプロフェッショナル集団・IMFが、極秘の指令を受け、正規の国家機関が相手にしがたい人物や陰謀を対象に、困難な任務を遂行するという話だが、『ドラえもん』の「(秘)スパイ大作戦」は、実に『ドラえもん』らしく、学校や空地、自宅、生活道路といった日常空間を舞台にしながら、のび太とそれを取り巻く友人たちの枠内におさまるスパイ・エピソードを、ギャグとして描いている。


 本作は、「てんとう虫コミックス」1巻の4番目に収録されているので、『ドラえもん』を「てんとう虫コミックス」の1巻から順番に読みはじめた人が最も早い時期に出会う『ドラえもん』作品のひとつとなる。私は小学生の頃、もう少し後ろの巻から買って読み出したのだが、それでも本作は、最も初めの頃に読んだ『ドラえもん』というイメージが強い。


ドラえもん』の原作の連載が始まって半年も経たない時期に発表された作品のため、のび太はかなりお人よしでのんびりとした性格をしており、ドラえもんのび太と一緒になって怒ったり居眠りしたりするという友達的な性格が色濃い。こうした両者の関係は、今の水田わさび大原めぐみのノリに向いているものだと思う。
 ところが、この2人が会話する場面になると、両者が甲高い声でかぶってしまうため、画面をしっかり見ていないと2人の声を識別しにくい、という意見をよく聞く。もう少し互いの個性が視聴者にわかりやすく伝わるようになってくれれば、と思うのだが。


「(秘)スパイ大作戦」のストーリーは、のび太が学校で花瓶を落として割ってしまい、それを目撃したスネ夫が、花瓶を割ったことをみんなに黙っていてやるからその代わり自分の言うことを何でも聞け、と卑怯な話をのび太にもちかけるところから始まる。そしてのび太は、その理不尽なスネ夫の提案を受け入れざるをえなかった。
 スネ夫のび太に意地悪な言いつけをしたとき、のび太の聞き分けが悪かったりすると、スネ夫はすかさず「カビン」という言葉を発する。するとのび太は、条件反射的に従順になってスネ夫の言いつけを守る。そういうやりとりが反復されることで、「カビン」という語が、のび太を従わせるための呪文のような機能を持つようになり、それに便乗したスネ夫以外の友人たちも、「カビン」という呪文を利用してのび太に無理な要求をするのであった。
 こうして「カビン」という、本来は「花瓶」なる物を指し示す語が、スネ夫とその友人たちの間では本来の意味から離れて記号化し、別の用途を持った呪文として流通していくところが、この作品のおもしろさの一つのキモであると私は思っている。作品の結末部分では、この「呪文」が効く対象がのび太からスネ夫に移るという逆転現象が起き、それが笑いを生み話のオチにもなって、「カビン」というキーワードが作品の最初から最後まで巧みに生かされることになるのだ。


 今日のアニメであるが、原作との最も大きな違いは、ドラえもんが出す秘密道具「スパイセット」のデザインだった。原作のスパイセットは、人間の顔に似た本体に、目と耳が各1個ずつ付いていて、その目と耳が本体から飛び立ってスパイ活動を行なうというもので、見た目にはやや不気味な印象の道具であった。本体から飛び立った目は盗撮用のテレビカメラとなり、耳は盗聴器となるわけだが、それが今日のアニメでは、人間の顔に似た本体は存在せず、目の部分がテレビカメラのレンズの形に、耳の部分が細長いマイクの形に変更された。さらに、レンズとマイクの両方に人間型の身体が付いていて、それぞれが直立二足歩行で自由にちょこまか動きまわれるようになったのだ。秘密道具が擬人化され、もともと不気味だった外見が、かわいげのあるものに変わったわけである。
 この改変によって、たしかに道具への親しみは増したが、反面、道具がキャラ立ちし、各シーンでちょこまか動くのが気になって、本筋への集中力がやや削がれてしまった。私としては、原作のデザインを踏襲してほしかったが、メイン視聴者である子どもたちには、このほうが好ましいのかもしれない。


 原作には、ソファーで居眠りをしたあげくおねしょをしたスネ夫が、「いつもいってるざましょ! おむつを忘れないでって」とママに叱られる場面があるが、これがアニメでは、ズボンもパンツも全部脱ぎ、ドアを開けっ放しにしておかなければトイレで大ができないスネ夫がママに叱られる、という内容に変わっていた。この変更は、子どもの夜尿症あるいは成人夜尿症で悩み医学的な治療を受けている家庭に対する配慮だろうか。




●「ハロー宇宙人」

単行本/「てんとう虫コミックス」13巻などに収録
初出/「週刊少年サンデー増刊」1976年8月10日号

ドラえもん』の原作は、連載開始時から小学館の学年別学習雑誌や「よいこ」「幼稚園」で発表されてきたのだが、この「ハロー宇宙人」は、そうした学習雑誌より読者の年齢層が高くて広めの「週刊少年サンデー増刊」に掲載された。そのため、通常の『ドラえもん』よりページ数が多く、内容も高い年齢層を想定したものになっている。
週刊少年サンデー増刊」では、合計4話の『ドラえもん』が発表されていて、そのうち一番初めに描かれたのは、1975年9月5日号の「のび太の恐竜」である。
 この「週刊少年サンデー増刊」1975年9月5日号は、藤子不二雄特集号といってよい内容で、ゴルフクラブで球を打とうとするドラえもんと、それを見て驚く『プロゴルファー猿』の主人公・猿谷猿丸が表紙に大きく載っているし、表紙をめくってすぐの懸賞コーナーを見ると、二人の藤子不二雄先生の姿がカラー写真で目に飛び込んでくる。次のページから始まる「のび太の恐竜」は、序盤3ページが4色カラーの扱いだ。
 この号にはさらに、藤子不二雄A先生(当時は「藤子不二雄」名義)が描いた『プロゴルファー猿』の「番外編・猿対キングコング」が載っており、「のび太の恐竜」とその『プロゴルファー猿』の合間のページには、「藤子不二雄のまんが工房」なる企画記事が挟まっている。加えて、『プロゴルファー猿』の次には、石ノ森章太郎氏(当時は「石森章太郎」名義)の筆による『凸凹コンビ藤子不二雄伝』という人物伝マンガまでが掲載されているのだ。


「ハロー宇宙人」の話に戻ろう。
「ハロー宇宙人」では、スネ夫ジャイアンが、UFOマニアの円番氏を喜ばせおやつをせしめてやろうと、ニセのUFO写真を撮る。藤子・F・不二雄先生は、ニセのUFO写真を撮るのは実に簡単だと述べていて、実際に先生自身がそうしたニセUFO写真を撮影したことがある。UFOの模型を糸でつるしたり、ガラスワークを使ったりと、様々なトリックを駆使して、何枚ものニセUFO写真を残しているのだ。ベタだが、カップ焼きそば「UFO」の容器を飛ばした写真まである。
 その撮影場所は、藤子・F先生の自宅があった川崎市生田の近辺ということで、そのことと関係あるのかないのか、三島由紀夫の小説『美しい星』にも生田にUFOが降りるシーンがあるという。


 本作においてドラえもんは、本物のUFO写真を撮るため、進化放射線(今日のアニメでは、進化退化光線銃)を用いて火星人を創造するところから始める。
 火星の渓谷に自生するコケが、知的生命体、すなわち火星人に進化し、原始社会を形成、その後、農耕を始め、土木建築の技術を高め、社会が瞬く間に近代化を遂げていく。そしてついに、宇宙飛行が可能なレベルまで行き着くのである。
 こうした一連の『創世日記』的な描写は、藤子・F先生の他作品でも見られ、〝藤子・F・不二雄の造物主願望の表れ〟と識者に分析されることもある。



 ここで、進化した火星人の父と子の会話を紹介しよう。

子「ぼくはぜったいにいると思うよ」
父「ほう、地球に人間がかね」
子「そして、火星へせめてくるんだ。『宇宙戦争』という本にかいてあったよ」

 この会話に出てくる『宇宙戦争』は、H.G.ウェルズの同名の古典的SF小説のパロディだ。 ウェルズの『宇宙戦争』は、火星人による地球侵略がテーマとなっているが、こちらの『宇宙戦争』では、立場が180度逆転し、地球人が火星侵略をするという話になっているようだ。
 また、ウェルズの小説では、火星人の外見を〝赤色のタコ状の生物〟と描写しているのに対し、「ハロー宇宙人」ではキノコ状の姿で描いている。キノコ状でありながら、足の生え方を見るとタコ型火星人のイメージも入っている。
 周知のように、ウェルズのこの小説は、スティーブン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演で映画化され、本年6月29日に世界同時公開される予定なので、今この時期に『わさドラ』で「ハロー宇宙人」を放送したのは、その映画の公開前であることを意識したからなのだろうか。


 今日のアニメは、原作の内容を、一部シーンを省きながらも、ほぼ忠実に再現していて、比較的長いページ数の原作を小気味よくまとめていると感じた。だが小気味よさと同時に、ちょっと急いだ感じもあり、物足りなさも残った。


 空地でジャイアンが投げるUFOの模型が、アニメでは、藤子・F先生の『未来の想い出』(「ビッグコミック」1991年6月10日号〜8月25日号)に出てくる「ざしきボーイ」に少し似たデザインに変わっていた。さすがに、ざしきボーイのような目や口はなかったが、全体の輪郭やてっぺんから生えるアンテナ状の線などが、ざしきボーイを連想させてくれ、藤子ファンとしては嬉しかった。


 火星人の宇宙パイロットが地球へやってきてのび太の家を覗いたとき、のび太ドラえもんが観ているテレビ番組が『UFOレンジャー』なる戦隊ヒーロー物だったのは、原作もアニメも同じだが、そのヒーローたちの姿は違うものになっていた。原作では『ジャッカー電撃隊』を思わせる4人組だったのに対し、アニメでは5人組になっていて、そのコスチュームは『秘密戦隊ゴレンジャー』と同じ配色だった。


 この「ハロー宇宙人」という作品は、『ドラえもん』の原作のなかでも藤子・F・不二雄先生お気に入りの1作であった。この作品は、『大山ドラ』放送開始年の1979年8月6日と7日に前後編でアニメ化されており、その大山版アニメも、藤子・F先生は高く評価していた。

この回(「ハロー宇宙人」)は、アニメとしてもよくできていましたし、原作マンガの『ドラえもん』の中でも好きなもののひとつです。円盤を人為的なものではなく、宇宙人に作らせ、その宇宙人も火星のコケから作りあげるという、題材としてもわりと飛躍が大きくて気に入っている作品です。
(「アニメ―ジュ」1980年9月号)

 本日放送された『わさドラ』版「ハロー宇宙人」も、藤子・F先生お気に入りの1作に加えられただろうか。




●ミニシアター
 先週に引き続き、「よいこ」の原作をアニメ化。原作は、「よいこ」1970年3月号で発表された3ページ(7コマ)の作品である。サブタイトルは無し。
 今回のアニメ作品は、これまでのミニシアターのなかで、キャラクターデザインが最も『わさドラ』本編に近いものに感じられた。