うめざわしゅん『ユートピアズ』

 当ブログでは藤子マンガ以外のマンガをメインでとりあげることはほとんどないが、今日は、去年発売されたヤングサンデーコミックス『ユートピアズ』をちょっとばかりレビューしたい。どことなく藤子先生の短編集を彷彿とさせるし、個人的にとても面白いと感じたからだ。
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 作者は、うめざわしゅんという漫画家で、裏表紙には「異色短編連作集」と記されている。この1冊に9編の短編作品が収録されており、どれも水準以上の面白さで、質の高い短編集に出会えた!という満足感を得られた。
 表紙は、女性の顔が亀の甲羅で隠されたイラストで、この構図はマグリットの絵画を思わせる。そう思わせてくれて嬉しい。


 作品のジャンルとしては、藤子・F・不二雄先生や星新一さんを思わせるアイデアSFっぽくて、世にも奇妙な物語系のシュールなテイストが漂っている。
 藤子・F先生のSFが“すこし・ふしぎ”だったとすれば、この『ユートピアズ』は、“すこし・ふじょうり”といった趣きだろうか。アイデア、構成、絵ともに安定的で好感が持てる。
 最後のオチで驚いたりぞっとしたり笑ったりできるのがこうした系統の作品の醍醐味だが、その醍醐味もしっかりと味わえる。同じ作品の同じシーンなのに、読んだときによってぞっと恐怖を感じたりくすりと笑えたりして、恐怖と笑いは表裏一体のものなんだなあ、と実感できたりもした。



ユートピアズ』という書名は、本書を貫くテーマを象徴しているようだ。収録されたすべての作品がそうだとは言わないが、いくつかの作品はある種のユートピア(理想郷)が実現した状況を描いている。
 だが、理想郷を理想的なものとして素直に描いているわけでない。その視線は、シニカルかつユーモラスだ。
 われわれの常識の枠組みでは、「誰もが腹を割って話し合い、皆が理解し合える」のは理想的なことだと考えられているし、「国民の誰もが健康で長生きできる」とか「戦争のない平和な世界が訪れる」ということも人類が目指すべき理想的な境地だと考えられている。
 では、そうした理想が本格的に実現した世界とはどんなものか、そこに暮らす人々は何を思っているのか… 
 本書では、そんな“もしもの世界”を味わうことができるのである。



 日常をベースにした作品ばかりなのも本書の特徴だ。
 日常の一部に異常が入り込んだり、日常が異常へとズレこんだり、日常が異常に変転したり… そこにはまず日常があるのだ。(そうとは言い切れない作品もあるが)
 アイデアSFとか世にも奇妙な物語のようなお話が好きな方には特にお薦めの一冊である。
 アイデアやオチが重要な作品ばかりなので9作品すべての内容に触れるわけにはいかないものの、9編のうち3編だけちらりと紹介したい。重大なネタばらしはしていないつもりだが、先入観のない状態で読み始めたい方はお気をつけいただきたい。









●『チカン列車は危険がいっぱい』
急いで列車に飛び乗ったら、そこは女性専用車両だった。主人公の男性は痴漢と疑われ、その状況がどんどんエスカレートする。作者本人が言っているように、筒井康隆リスペクトの作品だ。


●『チューブ』
昏睡状態から12年ぶりに目覚めた主人公。主人公が記憶している12年前の社会の常識から見ると、目覚めてから体験する社会は至るところで違和感だらけ。いま私たちが暮らす現実の社会でも、PL法の施行などでカップラーメンの容器に「ヤケド注意・電子レンジ調理不可」などと表記されているが、『チューブ』で描かれる12年後の社会は、そういう意識が極度に押し進められ、家庭のドアに「ドアの開閉の際、ペットや子供が挟まれ死に至る危険性があります」と注意書きがしてあるのだ。その社会を見て、われわれが違和感をおぼえる点は他にもいろいろとある。そんな世の中で主人公がとった行動は?


●『センチメンタルを振り切るスピード』
この作品の舞台となる世界では、「歩く」という行動が存在しない。われわれが通常歩く場面で作中人物は必ず走り続ける。誰もが日常の中で走っている、という少し変な世界で展開される青春ストーリーだ。