原一雄『麦わらドリル』『のらみみ』

 少し前に、うめざわしゅんさんの異色短編集『ユートピアズ』をレビューしたが、今回も、藤子・F・不二雄先生のSF(すこし・ふしぎ)短編をどこか彷彿とさせるマンガ短編集を紹介したい。
原一雄よみきり短編集 麦わらドリル』(原一雄・著/小学館/2005年8月発行)である。18編のごく短いマンガを収めている。

麦わらドリル―原一雄よみきり短編集 (IKKI COMICS)

麦わらドリル―原一雄よみきり短編集 (IKKI COMICS)

 マンガ評論家の伊藤剛さんが、“浦沢直樹が「手塚治虫」という神と戦っているとすれば、原一雄は「藤子不二雄」という神と戦っている”と論じているように、原一雄さんは、愛をこめて藤子不二雄的な世界を継承しつつも、クールに藤子不二雄を相対化し超克しようと試みている意識的なマンガ家だと感じる。
『麦わらドリル』に収録された各作品は、藤子作品のように日常がベースになっていて、そこに変な生き物や、変わった人や、異常な状況が入り込み、それによってストーリーが推進していく。ほのぼのとしたタッチととぼけた味わいの不条理劇で、何度見てもくすっと笑える粒揃いのコントのような仕上がりになっている。SF的な考証や辻褄合わせに労力を割かず、不条理なものが不条理なものとして理屈ぬきでさらさらと表現されていくのが妙味で、ちょっとクセになりそうな世界である。
 


 収録された18編のなかから5編をごく簡単に紹介しよう。
●『20世紀捜索願』
 恋人を探し出すためタイムスリップを繰り返す30世紀の科学者。最後の一コマで脱力と感動を同時に味わえる。
●『Eの食卓』
 食欲と性欲が直結!?
●『ハムスター日和』
 かわいがっているハムスターが一日だけしゃべれることになったのだが… あれ?
●『ジンジャー前夜』
 奇矯な発明家と、その唯一の理解者のお話。
●『青空フック』
 この世から逃げ出したいと強く思った人は、青空フックに引っかけられて宙吊りになり、世の中から蒸発したことになる。そうやって宙吊りにされた人たちの、不条理な状況での会話劇。クラマックスのある大きな場面が効果的。



 原一雄さんのもっかのところの代表作は『のらみみ』だろう。月刊IKKIに連載中で、現在単行本が4巻まで出ている。
のらみみ』は、ほのぼのとして少しクールな絵柄から笑いと涙が滲み上がる、1話完結方式のコメディで、子どもがいる家庭にマスコット的なキャラクターが居候する、というお話である。というと、『オバケのQ太郎』『忍者ハットリくん』『ドラえもん』など藤子マンガの黄金パターンを瞬発的に思い出すことになる。本作は、藤子マンガの黄金パターンを採用しながら、それを独自に膨らませ、世間に居候キャラがあふれかえる世の中を描いている。藤子マンガでは、マスコットキャラが居候する先は特定の家(1軒〜数軒)に限られているが、『のらみみ』では、子どものいる家なら当たり前のようにキャラが居候しているのである。そういう時代になった、という設定なのだ。
 居候キャラは、居候先を探すため、居候キャラ紹介所を利用する。結婚相談所や不動産仲介業があるように、居候キャラ紹介が一つのビジネスになっているのだ。多くの居候キャラが希望する超人気の居候先が「とびっきりデキの悪いメガネの男の子がいる家庭」というところは、明らかに野比家を意識していてほくそえみたくなる。
 本作に登場する居候キャラたちは、「キャラが立つ」とか「キャラがかぶる」「キャラを変える」といったキャラの役割・機能を自覚しており、それが話のテーマになったりもする。居候キャラたちが、自分が“キャラ”であることをわきまえているという点で、キャラというものを分析的な視点で見つめるキャラ批評的な構造を有した作品とも言えそうだ。
 主人公ののらみみは、“キャラが弱い”ため、なかなか居候先が決まらず、居候キャラ紹介所の居候をずっと続けている、というダメ系キャラである。外見は、みずあめ好きの小坊主だが、本当はカミナリ小僧だと本人は主張している。
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