「Aマンガ論序説編」の発売日

 拙著『藤子不二雄Aファンはここにいる Book2 Aマンガ論序説編』の発売日が、今月11日(金)に確定しました。もう4日後のことです。(地方によっては、発売日がズレる可能性もあります)

 本書は、副題が「Aマンガ論序説編」となっています。なぜ「Aマンガ論」の後に「序説」という語を付けたかという理由は、本書の「序文」で書いていますが、ここで簡単に説明しておきますと、「基本的な知識や自分の初心を大事にしながら藤子Aマンガを論じたい」という私のスタンスの表明の意味が大きいのです。私はベテランの藤子Aファンと言えると思いますが、本書では、そのベテランファンとしての経験や知識をぞんぶんに活かしつつ、そのうえで自分が作品を初めて読んだときの心情を大切にし、藤子Aマンガの基本的な領域をないがしろにしないよう心がけています。
 本書を契機に藤子A論がもっと進展していってほしい、という願いも込めました。
 また、5年後とか10年後とかに、「序説」から一歩も二歩も踏み込んだ藤子Aマンガ論を自分で書いてみたい、という希望も託しています。


 本書は作品論です。作品を評論しているわけです。「評論」とは何か。いろいろな辞書を調べてみると、おおむね「物事をどうとらえるか・評定するか・解釈するかを表明すること」「物事の価値・善悪・優劣などを批評し論じること」といったことが書いてあります。
 本書の場合、論じる物事は「藤子Aマンガ」です。私が論じている内容を読者に理解してもらうには、まず藤子Aマンガの基本的な領域を理解してもらわねばなりません。そのため本書では、藤子Aマンガの基礎知識やあらすじなどを極力記述するようにしました。藤子A初心者の方にも、本書が論じている内容をしっかりと伝えたい、という思いが強いからです。


「序説」という語は、ルネ・デカルトの著作『方法序説』を意識した面もあります。『方法序説』の「序説」の原語は、「ガチガチの体系的な論文ではなく、四角張らず一般の人にも伝わる話」というニュアンスを含んでいるそうなので、本書もそうでありたいと思ったのです。マニアの側に閉じていくのではなく、一般の側へ開いていきたい、という私の思いが『方法序説』の「序説」の原義と合致したわけです。
 一般の側へ開くといっても、それで内容が浅薄になってしまっては意味がないし、コクや深みを失ってしまうのも嫌なので、その辺のバランスが難しかったです。
 そうやってバランスをはかった結果、一般のマンガ読みの方にも、ディープな藤子ファンの方にも読みごたえと面白みを感じていただけるものになったんじゃないかと自負しております。
 また、ガチガチの体系的な論文ではないとはいえ、できるだけ明晰で論理的な文体を心がけました。しかし論理ばかりに走るのではなく、情緒的な部分も大事にしています。


 そういうことを考えながら、やはり本書のタイトルからして「藤子先生のファン」「藤子マンガに強い関心を持つ人」が中心読者になるであろうことを想定した本づくりをしています。藤子ファンの方に読んでいただきながら、その外側へ少しでも届けばいいなと望んでいます。


 このような意識のうえに立って書いた本が『藤子不二雄Aファンはここにいる Book2 Aマンガ論序説編』です。皆様にご一読いただけることを切に願っております。