手塚治虫文化賞贈呈式

 5月25日(金)、第16回手塚治虫文化賞の贈呈式に出席しました。
 
 手塚治虫文化賞と当ブログの主題“藤子不二雄”を結びつけて語るなら、最も重要なのは、第1回の大賞を受賞したのが藤子・F・不二雄先生の『ドラえもん』だった、ということでしょう。F先生が亡くなった翌年、1997年のことでした。


 16回めを迎える今年の受賞者は次のとおりです。

マンガ大賞岩明均ヒストリエ』(講談社
・新生賞:伊藤悠(『シュトヘル』(小学館)で西夏文字をめぐる戦いという意欲的な戦いに挑み、壮大な世界を創り上げたこと対して)
・短編賞:ラズウェル細木(『酒のほそ道』(日本文芸社)など一連の作品に対して)
・特別賞:あの少年ジャンプ(東日本大震災直後、仙台市の塩川書店五橋店は、譲られた1冊のジャンプを回し読みに提供、子どもたちに元気や勇気を与えた。マンガの持つ力に対して)
 http://www.asahi.com/shimbun/award/tezuka/

■贈呈式・記念イベントの概要


・日時:2012年5月25日(金)16:00〜17:25
・会場:浜離宮朝日ホール朝日新聞東京本社内)
・主催:朝日新聞社



1.贈呈式
 主催者挨拶:朝日新聞社社長 秋山耿太郎
 来賓・選考委員紹介
 来賓祝辞 手塚眞
 選考経過報告 選考委員・中条省平


2.賞の贈呈


3.記念イベント 
 大賞受賞記念対談
 岩明均×永井豪(漫画家・選考委員)、あさのあつこ(作家・選考委員)、

 受付場所に行くと手塚プロの古徳さんが立っておられたのでご挨拶。
 受付でユ二コのバッジや贈呈式のパンフレットなどをもらえました。
 
 
 

 ロビーには、受賞者の作品のパネル(サイン入り)やコミックスが展示されていました。
  
 
 


 
 これは、『ヒストリエ』のパネルに書かれた岩明均先生のサイン!



 大賞受賞作は岩明均先生の『ヒストリエ』でした。
 私は、岩明先生初の連載作品『風子のいる店』を読んで深いところで好感をおぼえ、マンガ史に燦然と刻まれる大傑作『寄生獣』ですっかり虜になりました。受賞作の『ヒストリエ』もじつに面白くて大好きです。現在連載中のマンガでは最も先の楽しみな作品の一つ。本作の受賞は心より妥当だと感じます。


 岩明作品が大好きな私ですが、これまで岩明先生の姿や声をぜんぜん知りませんでした。ですから、今回の贈呈式で生「岩明均」を見られるのが楽しみでなりませんでした。
 しかも記念イベントとして岩明先生と永井豪先生・あさのあつこさん(『バッテリー』などの代表作がある作家)の対談が行なわれる!という素晴らしさ。岩明先生の姿と声をたっぷりと堪能できるではないですか! 岩明均ファンとしての私の魂が燃えが上がります(笑)



 受賞スピーチで壇上に立った岩明均先生は、その作風や単行本などに載ったコメントのイメージを裏切らず、理知的でシャイなたたずまいを浮かべ、訥々と言葉を選びながらお話をされる方でした。だからといって堅い印象があるわけじゃなく、ところどころからユーモアが感じられ柔らかな空気を湛えておいででした。
 生きて動いている岩明均先生の姿を拝見できて、もうそれだけで大感激です。



 岩明先生のお話で印象深かったことを列挙してみます。(ここで挙げる発言内容は、私の記憶を頼りに記したもので、すべて大意です)
●「手塚先生の名のついた賞をいただけるのは本当に感慨深いことです。これで私の仕事が遅くなければもっとよいのですが(笑) 私としては全速力のつもりなんですが…」
●「私は『ヒストリエ』をロングセラーにしたいと思っています。仕事が遅くてなかなか話数が増えていかないので、別の意味でロングセラーになっていますが(笑) そうではなくて、何年も先の未来の人にも読んでもらえるような作品にしていきたい、ということです」


 永井豪先生・あさのあつこさんとの対談イベント中の岩明先生の発言では、次のようなことが興味深かったです。
●「主人公エウメネスは実在した人物ですが、記録が少なくて若い頃のことがよくわかっておらず、『ヒストリエ』の単行本の前の巻ほど私の創作が多く含まれています。実名で出てくる登場人物たちでいえば、前のほうの巻では半分以上が架空の人物で、6巻・7巻くらいになると9割がた実在した人物になります。(注:登場人物の割合をちゃんと調べたわけじゃないので、半分以上とか9割といった数字はおおよそのもの、だそうです)」
●「エウメネスは実在した人物なので、『ヒストリエ』の物語が今後どうなっていくか…ということは見えていますが、それは一つ一つの「点」として見えているだけで、点をつないでいく部分はこれから考えていくことになります」


 
 エウメネスの出自が「スキタイ人」というのも岩明先生の創作とのこと。エウメネスの出自には大きく分けて3つの説があり、そのうちの2つがコレです。
1、「カルディアの富裕層の息子だった」
2、「荷馬車の御者をする貧しい男の息子だった」
ヒストリエ』の劇中でエウメネスがカルディアの富裕な家庭“ヒエロニュモス家”の息子として描かれているのは、1の説を参考にしたもので、“実はエウネメスはスキタイ人だった”という展開は、2の説から生まれたもの。
 2の説は「エウメネスの父親は御者だった」というものですが、この御者の活動範囲とスキタイ人が生活した範囲が重なる部分があることから「エウメネススキタイ人」というアイデアを思いついたのだそうです。



 永井豪先生とあさのあつこさんが『ヒストリエ』の中でとりわけ衝撃的だった場面として、生首が大蛇に呑み込まれるシーンを挙げ、壇上はこの話題で盛り上がりました。
 岩明先生は「生首を蛇に呑み込ませるさい、頭の側から呑み込ませるか、それとも首側からにするか迷ったけれど、やはり頭からのほうが喉を通りやすく蛇も呑み込みやすいだろうと思って、そうしました」「大きな物を呑み込むとき蛇は異様に大きく口を開けますが、そのとき蛇の鱗も合わせて拡大するのかどうかわかりませんでした。調べてみると、1枚1枚の鱗の大きさは変化せず、皮膚(粘膜?)の部分が伸びることがわかったので、そのように描きました」といった話を披露されました。


 あと、永井豪先生は、『ヒストリエ』では人が刺されたり斬られたりして死ぬ描写が抑制的である、という点に注目し、「我々の世代の漫画家だったら、こういうシーンはもっと派手に描きたくなる。でも岩明さんの描き方は、麻酔にかけられた状態の人間が刺されて殺されるようなクールな感じなんです」といった分析をされました。



 新生賞の伊藤悠さんは『皇国の守護者』(原作:佐藤大輔)の作画で注目された漫画家さんで、メディアに顔を明かしていませんが女性です。
 西夏文字を題材にした作品を描こうと思ったのは、映画『敦煌』を観て「西夏文字、かっこいい!」と感じたからだそうです。


 短編賞のラズウェル細木先生は、紋付き袴姿でのご出席。「この衣装で朝日新聞社の門をくぐると思想的なテロと勘違いされやしないかとヒヤヒヤしました(笑)」というコメントからスピーチに入られました。「『酒のほそ道』はマンネリといえばマンネリですが、毎日お酒を飲む行為そのものがマンネリといってよいものなので、この題材だからこそマンネリも許されるんじゃないかと思います」との発言も印象的でした。




 客席も豪華でした。
 ちばてつや先生、山根青鬼先生、永田竹丸先生、みなもと太郎先生、といった大御所の先生方もいらっしゃいました。



 贈呈式終了後は、手塚プロの松谷社長に挨拶をしてから、鈴木伸一先生、しのだひでお先生、本間正幸さん(昭和の映画と漫画史研究家、『少年画報大全』監修者)、岐阜県マンガ研究会で知り合った仲間、私の6人で飲みに行きました。
 鈴木先生は、2月に新宿ロフトプラスワンで開催されたトークイベント石ノ森スピリッツ「スタジオ・ゼロ物語」でアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』を高く評価されていましたが、この『まどマギ』の素晴らしさに触発されて、過去に深夜放送された萌えアニメをいろいろとご覧になっているそうです。『けいおん!』も好きだとおっしゃっていました。「これといって何も起こらないのに面白い」と。深夜アニメについて語る鈴木先生のテンションの上がりっぷりがとても素敵でした。 



 鈴木伸一先生といえば、我々は手塚治虫文化賞の会場へ行く前に鈴木先生が館長をつとめる杉並アニメーションミュージアムへ足を運びました。すると、私が2月に鈴木先生に差し上げた小池さんのラーメンタイマーが展示されていました。自分のコレクションが鈴木先生を媒介してミュージアムに展示されるなんて、まことに光栄なことです。
 
 皆さんが今度このミュージアムへ行かれるときは、小池さんラーメンタイマーを探してみてくださいね(笑)