藤子・F・不二雄大全集第3期第10回配本

 25日(月)、藤子・F・不二雄大全集第3期第10回配本が発売されました。


●『ドラえもん』第19巻
 
「てれびくん」本誌に掲載された作品を集めた一冊。
・「タンポポ空を行く」は少年時代から思い入れのある作品でして、以前当ブログで分析的な感想を書いたことがあります。本話におけるのび太と動植物の会話内容が、じつはのび太が心の底で思ったことの表れであった、という点に着目した感想です。
 http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20070601
 当巻には「森は生きている」が収録されていますが、「タンポポ空を行く」も「森は生きている」も、人間嫌いに陥ったのび太が現実逃避してちょっと深刻な状態になる話であり、共通のテーマを持っています。


・「行け!ノビタマン」の「地球では力的弱者ののび太でも、引力の弱い星へ行けばスーパーマンになれる」というアイデアは、大長編ドラえもんのび太の宇宙開拓史』で大々的に描かれることになります。


・「天の川鉄道の夜」は、このサブタイトルから宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を思い出させ、賢治の好きな私はそれだけでもちょっと心がときめきます。内容を読むと、松本零士先生の『銀河鉄道999』のパロディになっていることがわかります。もちろん、『銀河鉄道999』は『銀河鉄道の夜』をヒント(の一つ)にして描かれた作品です。「行け!ノビタマン」が『のび太の宇宙開拓史』の原型的作品である、と言えるように、「天の川鉄道の夜」は『のび太と銀河超特急』の原型的作品と言えるでしょう。


・「ヘソリンガス」は、日常生活の中では嫌なものとしか思えない「痛み」が、じつはどれほど大事なものかを教えてくれる話です。体の痛みだけじゃなく、心の痛みも扱っているところがキモ。「見えた 見えた」「見えたらどうだっていうのよ」の一コマは、“恥ずかしい”という感情をなくした人間の様態を見事なまでに端的に描いているうえ、少しばかりエッチな魅力もあって、あらためて秀逸だなあと感じました。


・「まねコン」には、のび太のいこと「のび枝さん」が登場。顔はのび太そっくりなのにヘアスタイルが魔美、というのが愉快です。


・「ひろびろ日本」は、“ひろびろポンプ”というひみつ道具で日本の土地を広げてしまう話。当ブログの前エントリで紹介した芦奈野ひとしカブのイサキ』は土地が10倍ほどに膨らんでしまった世界を舞台にしたマンガであり、それをちょっと思い出しました。


・「おざしき水族館」に“声カタマリン”というひみつ道具が出てきます。今年の映画ドラえもんの劇場グッズに、声カタマリンを模した消しゴムがありました。今年の劇場用グッズではゴンスケ関係の品が素敵だったのですが、これも同じくらい嬉しい収穫でした。
 


・「しずめ玉でスッキリ」には、何でも地中に沈めてしまう道具が出てきます。ジャイアンの家がまるごと沈むシーンはナンセンスなギャグであるとともに、なかなかのスペクタクルシーンでもあります(笑)


しずちゃんは入浴中のところをよく覗かれたりしますが、当巻収録の「腹話ロボット」と「変身・変身・また変身」では、あたかも露出狂のような状態にまでなってしまいます。「変身…」のほうは、しずちゃん本人ではなくしずちゃんに変身したのび太が露出狂状態になるわけですが、傍から見ればしずちゃんにしか見えません(笑)


・「まんがのつづき」と「キャラクター商品注文機」には、鳥山明先生の『Dr.スランプ(アラレちゃん)』のパロディ『Drストップ アバレちゃん』と『アサレちゃん』が登場します。藤子・F・不二雄大全集チンプイ』1巻の解説で嶋中行雄氏が、藤子不二雄ランドの企画を進めていた当時F先生が最も注目し認めていた児童マンガが鳥山明先生の『Dr.スランプ』だった、と証言していたのを思い出しました。
「キャラクター商品注文機」にはパロディがいくつか出てきますが、なかでもファンのあいだでよく話題に出るケッサクが『建設巨神イエオン』ですね。




●『すすめロボケット』第2巻
 
 第1巻から学年が繰り上がって「小学二年生」「小学三年生」で発表された作品(第1期)が収録されています。
 今巻では特に「人食い植物ライガス」が面白かった。奇妙な植物の数々、人食い植物ライガスの襲撃、人間植物化の計画、植物化された人間の姿など、SF冒険活劇の魅力に満ちているなあと感じました。
 それと「午後三時の大事件」もよかったです。“謎”が明かされていく展開に読み応えがあったし、ラストではほのぼのとしたユーモアが感じられて読後感が心地よいのです。



●『チンタラ神ちゃん』
 
『チンタラ神ちゃん』は、1976年双葉社から刊行されたパワァコミックス版以来、久々の単行本化となりました。パワァコミックス版の古書価格が高騰して入手しづらかったので、全集で読めるようになったのは幸いです。今巻にはカップリング作品がなくF全集史上最も薄い一冊となり、カラーページも少ないため、本体価格1500円というのはちょっぴり割高感がありますが、『チンタラ神ちゃん』が再び日の目を見たというだけで価値があるし、実におめでたいことです。


 本作はF先生とA先生の個性が混ざり合って(あるいは、ぶつかり合って)独特の珍妙な世界を形成したドタバタギャグマンガです。神ちゃん・ビンボー神・福の神の神様トリオと、ジロー少年を軸に話が展開されていきます。神ちゃんをご本尊とするチンタラ教…。信者を増やそうとあれこれやってみるけれど、なかなかうまくいきません。


“神”をギャグマンガの題材にしてしまうところがまことに挑戦的だと思いますが、読んでみると、ほのぼの感やユルさやデタラメさやラディカルさが融合していて、不思議な感覚がもたらされます(笑)
 神ちゃんは、「うやまいにくい顔」だとか「頭よくなさそう」だとか「ねじのはずれた顔」だとか言われてしまいます。とにかく、顔だけで低い評価を下されがちなのです。神様でありながら、そんな露骨な外見的偏見にさらされるところが、個人的に可笑しかったです。


『チンタラ神ちゃん』には「クルパー教」という話があります。『ドラえもん』の「クルパーでんぱ」は、全集収録時に「おかしなでんぱ」に改題されてしまったのですが、「クルパー教」は「クルパー教」のまま無事収録されました。
「クルパーでんぱ」が改題されたことから全集では「クルパー」という語はNGなのだろう…という印象を受けましたが、今巻を見る限り、そうでもなかったようです。
「クルパー」のほかにも、これまでならNGになっていたような語がそのまま残されており、NGの基準がいまいち判然としませんが、メジャー作品である『ドラえもん』に対しては語句のチェックが厳しくなる…という傾向があるのかもしれません。
「クルパー教」は後半の狂ったハチャメチャ展開も良いですが、神ちゃんが雷に打たれて「クルパー」に開眼するページ(2ページ分)に神秘的な趣があって印象深いです。