映画『ソイレント・グリーン』がテレビ放送

 明日(6/12)BSプレミアムで映画『ソイレント・グリーン』が放送されます。

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 藤子・F・不二雄先生はこの映画をご覧になったとき、ご自分の短編マンガ『定年退食』と似ていることにショックを受け「安直にマネしたと、読者に受け取られても仕方のない状況」と感じたそうです。そのうえで、「絶対に絶対に盗作などではありません!」と訴えておられました。(藤子F先生がそう述べていたのは、『愛蔵版 藤子不二雄SF全短篇(第1巻)カンビュセスの籤』(中央公論社、1987年2月20日初版発行)の「まえがき」です)

 

(以下、『ソイレント・グリーン』と『定年退食』の内容に触れています。ネタバレを避けたい方はお気を付けください。)

 

 

 

  『ソイレント・グリーン』と『定年退食』は、たしかに似ているところがあります。過剰な人口増大や環境汚染によって食糧難に陥った社会で配給制が実施されたり高栄養の人工食品が開発されたりして、そういうところが具体的に共通しているのです。

 この2作品は同じ1973年に発表されていますが、『ソイレント・グリーン』のほうが少し早く発表されています。『ソイレント・グリーン』の日本公開が1973年6月9日、『定年退食』の初出が「ビッグコミックオリジナル」1973年9月5日号なのです。この順番でこの間隔だと、自分の描いた『定年退食』が盗作扱いされてしまうのでは…と藤子F先生が不安に感じるのもわかります。

 

 ですが、実際にこの2作品を鑑賞してみると、作品の印象はずいぶん違って感じられます。『ソイレント・グリーン』は、極度の格差社会が生み出す理不尽さやその裏側に隠された衝撃の真実に、『定年退食』は、国家が非生産人口(高齢者)を養いきれなくなった社会の、それでも淡々と続いていかざるをえない日常とその末に決められた冷厳な社会制度に眼目を置いていると感じるのです。そもそも、ストーリーや登場人物が別ものですし。

 

 藤子F先生の『定年退食』では、非生産人口を養いきれなくなった国家がある年齢以上の高齢者の面倒を一切見ないと宣言する近未来の日本社会が描かれているわけですが、“夫婦の老後資金が30年間で2000万円必要(つまり年金だけで老後の生活はまかなえない)と金融庁が試算…”といった昨今のニュースに触れると(いや、もっと前から感じていたことですが)『定年退食』で描かれたような危機的状況がいよいよ現実の日本にもリアルに迫っていると感じられてなりません。

 今を生きる我々が日本の未来を変えられるのですから(そういう責任も権利もあるのですから)、そうした深刻な問題をどう乗り越え、どう解決していったらよいのか、真剣に考え、行動する必要がありましょう。完全な解決策はなかなか見つからないと思いますが、よりましな未来を築けるよう自分のできる範囲で思考し行動しなければ、と思うのです。

 私はそこまで生きられませんが、2112年にドラえもんが誕生するハッピーな未来が訪れてほしい、と切に願います。

 

※追記

 私が上述したような内容に対して、藤子ファンの知人N氏が以下のような反応をくださいました。

 こないだ『のび太とアニマル惑星』を読み返していて、年越しに誰もいない街で食品工場が(この工場はエコで理想的なものでしたが)無人でベルトコンベアの機械だけ動いている様子に不思議と漂うミステリアスな匂い、これはソイレント・グリーンから今度こそ正々堂々のインスパイアかと感じました^^

 

 私は「なるほど~!」と膝を打ちました。

 『ソイレント・グリーン』におけるベルトコンベアの描写はほんとうに強烈な印象を残すものですから、この映画をご覧になった藤子F先生の脳裏にもその描写が強く刻まれたのではないかと思います。『ソイレント・グリーン』でも『のび太とアニマル惑星』でも、ベルトコンベアで製造されるのは合成食糧ですから、その点でも通じ合うものがあると感じます。ただし、『ソイレント…』の合成食糧の原材料はショッキングなものだったのに対し(ネタバラシは控えておきます)、『アニマル惑星』のは原材料が水と空気と光でエコ度満点です。 かたやディストピア的、かたやユートピア的な合成食糧なのです。