『バクちゃん』と『空日屋』

 5月に発売されたコミックスで、読んでみて心地よく藤子テイストを感じた作品が2つありました。その2作品を紹介します。

 

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 まずは、ビームコミックス『バクちゃん』1巻(増村十七、5月11日発売)です。

 夢が枯渇してしまったバク星から永住権獲得をめざして地球の東京へ移住してきたバクちゃん。

 ほんわかして、ちっちゃくて、かわいいバクちゃんと、周囲の人々のあたたかいお話ですが、移民が突き当たるシビアな問題や苦労が作品の核にあって、実際にこの日本で暮らす外国人の方々に思いを重ねたくなります。

 

 この作品では「移民」を感じさせる題材として、文化の違い、アイデンティティの問題、永住権獲得までのハードルの高さ、仕事に就く大変さ、移民2世の葛藤などが描かれていきます。

 とくに、第5話に登場するサリーさんの身の上と言葉が刺さりました。

 サリーさんは、掃除の仕事をしています。27年ものあいだ地球で頑張って、娘と息子を育て上げてきました。

 バクちゃんがサリーさんの掃除を手伝おうとすると、サリーさんは、自分の仕事がなくなるから、自分が要らなくなるから、と優しく断ります。

 サリーさんの星は戦争で無くなってしまったといいます。

 バクちゃんが尋ねます。

「27年いて 地球は好き?」

 サリーさんはしばらく黙って考えて、こう答えました。

「選択肢 ないよ」

 このボソッと発せられた短い答えがなんとも重く、胸にズシリと刺さったのです。

 

  入国審査をすませたバクちゃんが東京で初めて知り合った地球人が、ハナという女の子です。その日名古屋から上京したばかりで、名古屋弁をしゃべります。

 名古屋弁をしゃべる女の子が主要な登場人物として描かれているマンガといえば、最近では、浦沢直樹先生の『あさドラ!』が思い出されます。

  名古屋から1人で上京してきたハナは、親戚の家に下宿予定でした。バクちゃんもそこで一緒に下宿させてもらうことになります。

 不思議な異世界の住人が日本の一般の家に住まわせてもらう、というそのかたちは、『オバケのQ太郎』『忍者ハットリくん』『ウメ星デンカ』『ドラえもん』などなどで見られる藤子作品の王道パターンです。

 

 

 藤子作品といえば、『バクちゃん』のなかにささやかな藤子ネタが見つかります。ハナちゃんが、ドロンパらしきものがデザインされたパーカーを着て登場する回があるのです。

 そのドロンパらしきものには目が描かれていないのですが、それほかの部位はまさしくドロンパなのです。

 ハナちゃん、名古屋弁をしゃべるってだけでも親近感がわくキャラクターなのに、ドロンパのパーカーまで着てくれるのですから、ますます親しみが強まるではないですか!

 

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 本日紹介する2作品目は、アクションコミックス『空日屋』1巻(とりのなん子、5月28日発売)です。

 

  空日屋と名乗る謎の男?の世界では、過去へ戻って未来を改変しようとする輩が増え、それを捕まえたところでキリがない状態だといいます。そこで、未来の流動性を是正するため、いろんな人に1日だけ未来へ行ってもらってそれぞれの未来を確定させよう、という働きかけをおこなっているようです。

 そうした働きかけによって未来へ1日だけ行って帰ってくる人々のドラマがオムニバス形式で描かれています。

 

 タイムパラドックスとか時間の因果律とかそういうものがもたらす、こんがらかるような話の機微が味わい深いです。

 未来へ行った個人個人がその未来を確定させるかどうかの決定権を持っています。それゆえに生じる心の葛藤、難しい決断、運命の変容などが描かれるところも、気が抜けなくて読み甲斐があります。

 

 そんなふうに、時間移動をして自分の人生や運命を変えようとか、時間の因果律に変化をもたらそうとか、過去と未来のつじつまを合わそう、といった話は、藤子F先生の『ドラえもん』や『未来の想い出』やいくつかのSF短編などで昔から楽しんできたものです。私がそうした時間SFを好きなのは、完全に藤子F先生の影響です。

 

 空日屋という謎の人物は、黒(紺?)っぽい色のスーツとハットを身につけ、道行く人に声をかけて未来へ行きませんかと誘います。そんな得体の知れなさや身なりや声のかけ方・誘い方から、『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造のイメージをちょっと思い浮かべたりもしました。