ちくま文庫『現代マンガ選集』の2冊目「破壊せよ、と笑いは言った」が、6月12日に発売されました。
昭和95年(西暦2020年)を舞台とした水木しげる先生の短編『新、あり地獄』を当の2020年に刊行されたアンソロジーで読めたのが、じつに感慨深いです。50年前の水木先生が描いた昭和95年(つまり現在)の世は、貧富の差、有能無能の差、もてるもてないの差が昭和45年よりもずっと激しくなっている……という設定です。
本書の収録作品をいま(歴史的な意義とか表現論の文脈とかを無視して)単純素朴に読んでみて特にギャグマンガとして楽しめたのは、つのだじろう『ブラック団』、赤塚不二夫『ギャグゲリラ』、秋竜山『Oh☆ジャリーズ』、谷岡ヤスジ『ヤスジのメッタメタガキ道講座』、山上たつひこ『喜劇新思想大系』、いしいひさいち『バイトくん』といった作品たちです。
佐々木マキ『見知らぬ星で』も好みの作品です。杉浦茂『ブリーフ補佐官』のシュールさには、今も鮮烈に度肝を抜かれます。高野文子『ウェンディのクリスマス』は初復刻なんですね!めでたい!!
藤子先生のマンガはセレクトされていませんが、本書の解説で選者の斎藤宣彦さんがこのようなことを書かれています。
「ギャグのサンデー」を牽引した赤塚不二夫『おそ松くん』、藤子不二雄(共作)『オバケのQ太郎』なども1章にあって然るべきだが、入手しづらい作品を優先している。藤子が得意としたご町内に異世界の者が闖入する「日常SFギャグ」は、『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)、ブラックユーモアもの(藤子不二雄Ⓐ)につながっていく。
というわけで、本書に収録されて然るべき作品でありながら漏れてしまった『オバケのQ太郎』ですが、本書収録のほかの作品に『オバQ』のキャラクターがちょこっと顔を出していて、『オバQ』という作品の人気と存在感を確認できます。
石ノ森章太郎先生の『さるとびエッちゃん』の1コマにQちゃんが、つのだじろう先生の『ブラック団』にラーメン大好き小池さん夫妻が少しだけ登場しているのです。
さすがはトキワ荘のお仲間たちの作品です!というか、お二人とも『オバQ』の作画にスタジオゼロのメンバーとして加わっておられるので、当時のお二人にとって『オバQ』という作品は身内みたいなものだったことでしょう。特に石ノ森先生は『オバQ』の作画にがっつり関わっておられましたからね。
また、佐々木マキ先生の『見知らぬ星で』では、セリフのなかに「オバQ」が出てきます。
「何を言うとる 君だってオバQにそっくりじゃないか」というセリフです。
オバQにそっくりと指摘されたキャラクターは、唇が厚くてオバQっぽい外見なのです。
そのキャラクターは、オバQにそっくりという指摘に対してこう言い返します。
「作者の想像力の貧困のおかげですよ」
作中のキャラクターのメタ発言によって、作者が自虐しているわけです(笑)
さて、つのだじろう先生の『ブラック団』に小池さん夫婦がちょっとばかり出てくるのですが、小池さんが単独ではなく夫婦で藤子作品以外のマンガに登場するというのはレアケースではないでしょうか。
小池さんのお嫁さんって可愛くて優しいんですよね。特に印象深いのは、新婚当初のエピソード「あこがれのラーメン」という話です。
お嫁さんは、独身時代の小池さんがラーメンしか食べていないことを気の毒に思い、おいしい手料理をせっせとつくってくれます。でも、ラーメンだけ食べていられれば幸せな小池さんにとってみれば、お嫁さんがしてくれるおもてなしが逆につらい状況となります。
つらいのだけど、お嫁さんに気を遣ってラーメンを食べたいとは言いだせない小池さん……。
でしたが、最後には、お嫁さんが自分の手料理のせいで小池さんがラーメン飢餓状態に陥っていたことに気づいくれて、小池さんのためにラーメンをつくってくれます。どこまでも優しく、ラーメンをつくらせてもうまいお嫁さんなのでした。
最後のコマの、2人のアツアツぶりなんて他人は見ちゃいられません(笑)
1杯のラーメンを夫婦2人で仲良くすするシルエットが窓に映っているのです。
若者カップルが1杯のドリンクをそれぞれのストローで吸ってイチャイチャする場面を見ているようです(笑)
『現代マンガ選集』シリーズは今のところ2冊出ており、どちらにも藤子作品の収録はありません。3冊目「日常の淵」の収録作品もすでに発表されていますが、藤子作品はないようです。
4冊目以降の刊行予定を見ると、もし藤子マンガが収録されるとするならば(まったく収録されない可能性もありますが)、8月刊行の「異形の未来」や11月刊行の「恐怖と奇想」あたりかな、と予想します。
■7月刊行
「日常の淵」ササキバラ・ゴウ編
【収録作品】
楠勝平「暮六ツ」/滝田ゆう「寺島町奇譚」/つげ義春「チーコ」/永島慎二「仮面」/つげ忠男「或る風景」/鈴木翁二「東京グッドバイ」/安部慎一「やさしい人」/水木しげる「昭和百四十一年」/つりたくにこ「僕の妻はアクロバットをやっている」/やまだ紫「性悪猫」/近藤ようこ「ものろおぐ」/高野文子「午前10:00の家鴨」/池辺葵「ねえ、ママ」/安達哲「バカ姉弟」/いましろたかし「盆堀さん」
■8月刊行
「異形の未来」中野晴行 編
SFに包括される問題系をできるだけ広く捉え、ラディカルに世界解釈の枠組みを解体する。
■9月刊行
「俠気(おとこぎ)と肉体の時代」夏目房之介 編
格闘技、スポーツ、アクションなどを題材とし、〈肉体の時代〉の展開を映しだす。
■10月刊行
「悪の愉しみ」山田英生 編
悪、犯罪、暴力、そしてエロティシズム。影の領域に挑んだ作家・作品をまとめる。
■11月刊行
「恐怖と奇想」川勝徳重 編
ホラー、ファンタジー、奇妙な味、ブラックユーモアを色濃く帯びた作品を重視する。
■12月刊行
「少女たちの覚醒」恩田陸 編
少女マンガの革新を起点にして、女性マンガの展開を扱う。
「異形の未来」にF先生のSF短編、「恐怖と奇想」にⒶ先生のブラックユーモアものが選ばれてもおかしくないなあと思うのです。