『コロリころげた木の根っ子』について

 きのう、当ブログで『コロリころげた木の根っ子』をとりあげました。

 https://koikesan.hatenablog.com/entry/2021/11/13/202318

 

 今回も引き続きこの作品について語ろうと思います。

(以下、『コロリころげた木の根っ子』のネタバレを含んでいます。ネタバレがおイヤな方はご注意を)

 

 

 

 『コロリころげた木の根っ子』と読み比べると興味深い先行作品として、谷崎潤一郎の短編小説『途上』をあげる人が複数いらしゃいます。

 たしかに、『途上』を読むと藤子・F・不二雄先生はこの小説にインスパイアされて『コロリころげた木の根っ子』を発想されたのだろう、と思えます。

 この二つの作品を比べると、夫と妻の立場が逆(『コロリ…』は妻が夫に殺意を抱き、『途上』は夫が妻を殺そうとする…という意味で立場が逆)ではありますが、どちらの作品も“相手に殺意を抱いているものの直接的な殺人は実行せず、相手がたまたま死んでくれる可能性が高まる行ないをいろいろと試みる”という遠回しな方法で相手を殺そうとしています。相手を慮っているふうを装いながら、じつは相手が死ぬプロバビリティー(確率、蓋然性)を少しでも高めようと企てているわけです。

 ですから、『途上』を読めば、『コロリころげた木の根っ子』に影響を与えているだろうと推定できます。

 

 ※『途上』はこちらで読めます。

 https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/56849_60145.html

 

 

 私は、小川洋子さんの小説『妊娠カレンダー』(初出:1990年)を読んだとき、主人公の“わたし”が姉に対してやっていることが『コロリころげた木の根っ子』における妻の行為を彷彿とさせるなあ…と感じました。

 『妊娠カレンダー』の主人公は、精神が過敏な妊娠中の姉、姉の夫との3人暮らし。ひどいつわりを終えて食欲が旺盛になった姉に、妹である主人公は、防カビ剤使用のグレープフルーツで作ったジャムを毎日大量に食べさせ続けます。その防カビ剤は、染色体に害を及ぼすリスクがあると言われるものでした。

 妊娠中の姉に対する密やかな悪意です。

 そんな主人公の行ないを読んで、私は『コロリころげた木の根っ子』の妻を思い出したのです。『妊娠カレンダー』の主人公は姉の要求に従順で、『コロリ…』の妻も夫に従順ですから、その点でも印象が重なりました。

 とはいえ、おそらく『妊娠カレンダー』が『コロリ…』の影響を受けているとかそういうことはないのでは…とも思います。わかりませんが…。

(『妊娠カレンダー』を読んだのはずいぶん前のことで今手もとに本がないので、私の記憶がおかしかったらすみません)

 

 

 今回の配信で『コロリころげた木の根っ子』を再読して、あらためて感じました。「本当は妻に感謝している/心の底では妻を愛している」「妻もそれを理解してくれている」という身勝手な夫の都合のよい思い込みに対し、黙々と針を刺していくような作品だな…と。

 この作品は1974年に発表されました。家父長制、亭主関白、良妻賢母といった、本作の発表当時はまだまっとうな夫婦像として大手をふっていたであろう価値観に冷徹な揺さぶりをかける作品だよなあ…とも思いました。

(とはいえ、本作で描かれる夫は亭主関白というより過度に暴君的だし、妻はあまりに従順なので、当時から見たって異常に思える夫婦関係でしょう。一般的な亭主関白とか良妻賢母の次元で語ってしまうのは、ちょっと違うのかもしれません)