池田憲章さん逝去

 今月9日のことです。

 特撮・アニメなど多岐にわたるジャンルで評論活動をされてきた池田憲章さんが10月17日に亡くなられていた……と関係者の方が公表されました。享年67才。まだお若いのに……。

 

 池田憲章さんのお仕事は本当に多岐にわたっているのですが、私はやはり藤子ファンの立場から池田さんを悼みたいと思います。

 

 私は池田さんにたいへんお世話になった、という気持ちを抱いています。

 というのも、1980年代藤子アニメブームの時代、各メディアにおいて藤子作品を真っ当かつ好意的に論じてくださった数少ない人物の一人が池田さんだったからです。中高生にもなって藤子アニメを観ているなんて幼稚だ!と有無を言わせず断定されてしまったあの時代、池田さんが藤子作品について語ってくださる言説は非常に頼もしくありがたい、救いの言葉に感じられました。(現在も、子ども向けの作品を愛好していれば幼稚だの何だのとバカにする人はいるでしょうけど、昭和の時代はそういう偏見や差別心がもっとずっと根強かったと私は体験的にそう認識しております)

 世間からも、他のアニメファンからも、「藤子不二雄が好きだ」と告げると当然のごとく見下すようなまなざしを向けられた時代に、藤子作品の魅力を評論や解説の言葉で公正に取り上げてくださった池田さんは、当時肩身の狭い思いをしていた(もっと言えば、迫害を受けているような気分だった)私を勇気づけてくれた、恩人のような存在なのです。

 

 いますぐ手元に用意できる資料が限られているのですが、池田さんが藤子作品を論じてくださった事例を少し紹介しましょう。

 「毎日グラフ」1980年2月17日号で「ドラえもん即席入門講座 -幼児から大人まで大ブームの秘密-」という特集が組まれました。特集のタイトルのとおり、前年から大ブームを巻き起こしている『ドラえもん』がどんな作品なのかを「毎日グラフ」読者にわかりやすくガイドする企画でした。

 その特集内で映画『のび太の恐竜』のあらすじや『ドラえもん』の登場人物を解説する文章を池田さんが執筆しているのです。

 池田さんによる『ドラえもん』登場人物の解説文は、次のような始まり方をします。

 

ドラえもん」の物語に登場する主人公達は、読者の少年少女の周りにいる男の子や女の子に少しも変わりがない。ドラえもんを抜いてしまえば、ごく当たり前の男の子や女の子の世界である。これは、ロボット・アニメや変身ヒーローといった、最近子供達に人気のあるTVアニメやTV映画などと違って、「ドラえもん」の不思議な特徴の一つである。

 

 そのように池田さんは『ドラえもん』の登場人物の平凡さに注目し、その平凡さがこの作品の特徴であると指摘したうえで、それこそが『ドラえもん』という作品の“リアリティー”であり“愛嬌”であり“武器(強み)”であると論じたのです。

 私が『ドラえもん』をはじめ藤子作品に深く引き込まれた大きな理由が、まさにその“平凡さ”、すなわち作品のベースにある日常性だったので、池田さんのこの解説を読んだときは我が意を得たりと感激しました。

 

 また、「ザテレビジョン1984年1月17日号では、池田さんが2人の藤子不二雄先生にインタビューしています。記事のタイトルは「藤子不二雄が初めて語る(秘)裏話?! ハッハッハッ ドラハッパー  ●ドラえもん・忍者ハットリくんパーマンの魅力」。

 そのインタビューのなかで特に印象的だったやりとりを引用します。

・「ザテレビジョン1984年1月17日号より誌面を引用

 

 これは、『ドラえもん』の底に流れるSFマインドに言及した池田さんの質問に、藤本先生が答えるくだりです。

 ここで藤本先生が語った本格SFへの思い、スタンスが、藤本先生がご自分の描くSFを“すこしふしぎの略である”とおっしゃるようになった所以のひとつなのです。

 

 「ザテレビジョン」に載った池田さんの文章ということでは、3代目アニメ『オバケのQ太郎』放送開始を特集する記事も思い出深いです。同誌1985年4月26日号の巻頭カラーで『オバケのQ太郎』が特集され、その解説文を池田さんが担当したのです。

 池田さんの解説文の一部を紹介しましょう。

・「ザテレビジョン」1985年4月26日号より誌面を引用

 

 私が池田さんのこの文章を思い出深く感じるのは、池田さんがご自分を「古い藤子ファン」と称していたからです。池田さんの言説は以前から藤子ファンである私の弱い心を支えてくださるものだったわけですが、池田さんご自身が「藤子ファン」とはっきり名乗ってくださったことで、ますます心強い同胞を得た気持ちになりました。『海の王子』『ロケットGメン』『オバケのQ太郎』などをリアルタイムで読んで育ってこられた池田さんは、われわれ藤子ファンの大先輩であり、頼もしい味方だったのです。

 

 以上の3例は1980年代の記事ですが、比較的記憶に新しいところでいえば、藤子・F・不二雄大全集『ロケットGメン』(2013年5月29日初版第1刷発行)の巻末解説を池田さんが担当しています。

 ・藤子・F・不二雄大全集月報(2013年5月)より画像を引用

 

 この本で語られた池田さんの解説は、『海の王子』『ロケットGメン』『すすめピロン』『すすめロボケット』『オバケのQ太郎』などの藤子マンガをリアルタイムで読んだ経験と記憶、それに加えて深い見識と愛情があふれる名解説です。

 『海の王子』でも使われた“四次元”というワードに関して藤本先生から聞いた話を披露しつつ、その四次元について「藤子さんぐらい上手く自分の作品に消化して取り込んでいる人はなかなかいません」と評するくだりなど興味をひかれます。

 

 ほかにも池田さんは、コロタン文庫『怪物くん全百科』『パーマン全百科』などの構成を手がけたり、「ドラえもん映画大全集1000」(1985年)で作品解説を担当したりもしていて、藤子ファンのなかにはこれらのお仕事を真っ先に思い出した方もおられるようです。

 

 池田憲章さん、10代のころ受難者気分でいた私に心強い言葉を供給してくださって本当にありがとうございました。

 ご冥福をお祈りします。