久米宏さんと藤子不二雄先生

 現在、古舘伊知郎さんがメインキャスターをつとめるテレビ朝日のニュースショー「報道ステーション」。その前身の番組である「ニュースステーション」がまだ始まったばかりの頃、この番組に藤子不二雄先生が「在宅ゲスト」として出演したことがある。1985年10月15日(火)のことだった。
 当時のテレビ朝日では、藤子アニメ*1が軒並み高視聴率をあげており、藤子先生はテレビ朝日にとって極めて重要な人物だった。
「在宅ゲスト」というからには、ゲストが自宅にいたままで出演するという企画であるわけだが、藤子先生は、自宅ではなく当時の仕事場である市川ビルの藤子スタジオから生中継で出演し、藤本弘先生と安孫子素雄先生が隣り合って座っている姿が画面に映し出された。この、二人が親しげ並んだ姿は、「二人で一人の藤子不二雄」を象徴する構図であり、いま観るとたいへん懐かしく、また新鮮な印象を受ける。


 藤子先生は、「ニュースステーション」のスタジオにいる久米宏さんの質問に答えるというかたちでの出演だった。久米さんの質問は早口かつ不躾で、そんな質問をぽんぽんとぶつけられた両藤子先生は、少々困惑している様子であった。私の穿ちすぎかもしれないが、とくに藤本先生は、久米さんのようなタイプが苦手なのではないかと感じられた。
 しょっぱなの質問からして不躾で、番組の中でたまたま自殺をテーマにしていたことから、久米さんは両藤子先生にこのように尋ねてきた。そのあとのやりとりも含めて紹介しよう。

久米「お二人とも、死にたいと思ったことはありますか?」
藤本「いやぁ、ないですね。今までのところ」
久米「藤本さんは、ありますか?」
藤本「ありません」
久米「失礼しました。安孫子さんも……マンガ家っていうのは自殺なんて考えないんでしょうかねぇ?」
孫子「あんまり考えないんじゃないですか(苦笑)」

 いきなり「死にたいと思ったことはありますか?」と訊かれた藤子先生は、さぞかし途惑ったことだろう。そのうえ久米さんが「安孫子さん」と呼びかけるべきところを「藤本さん」と間違って呼んでしまったため、藤本先生は同じ質問に二度答える羽目になった。さらに「マンガ家っていうのは自殺なんて考えないんでしょうかねぇ」と、マンガ家という職業を軽んじているようにも受けとれる発言が続き、安孫子先生もしまいには苦笑するしかなかったのである。


 それから、こんな場面もあった。

久米「お二人はよくマンガ家の長者番付に顔をお出しになりますが、藤本さんは酒も飲まない、ゴルフもおやりにならない。わりと貯金をしていらっしゃるんですか?」
藤本「いいえ、残らないですねぇ…。長者なんておこがましいですよ。ちょっとした小金持ちといったところで(苦笑)」

 このあと少しやりとりがあって、藤子先生の出番は終了した。プライベートなことをあまり話さない藤本先生のことだから、久米さんに軽いノリで「貯金をしていらっしゃるんですか?」などと尋ねられたときも、快くは思わなかったのではないだろうか。

 
 実は、この日の9日後の10月24日(木)にも、藤子先生は「ニュースステーション」に「在宅ゲスト」で出演している。
 しかし、久米さんたちのいるスタジオから藤子スタジオにカメラが切り換わっても、そこに映っているのは安孫子先生一人のみだった。久米さんがもう一人の藤子さんはどうしたんですか、と訊くと、安孫子先生は「もう帰りました」の一言。このやりとりを観た私は、「ああ、やっぱり藤本先生は前回の出演で懲りて、今日は帰ってしまったんだ」と勝手に納得した。真相はどうだったか分からないけれど、おそらく藤本先生は、他人と話すのが自分より得意な安孫子先生に番組出演を任せて帰宅したのであろう。


 二度めの「在宅ゲスト」で印象的だった部分を抜き出してみる。

久米「眼鏡をおかけになっていらっしゃいますが、やはりマンガをお描きになるっていうのは目がそうとう疲れるもんですかね?」
孫子「いやぁ、めちゃめちゃ疲れます」
久米「めちゃめちゃお疲れになる? シャレですか、それは?(笑)」

 普通に質問に答えたつもりだったのに、シャレですか、とツッコミを入れられた安孫子先生は、困ったように、いえいえ、と否定して、すぐに本筋の話に軌道修正したのであった。


 藤子先生と久米さんのかみ合わなさにまつわる話題はこの辺にしておいて、今回「ニュースステーション」2回分のビデオを久しぶりに観返してみて、今だからこそ痛く感じ入ったことがあるので、最後に書いておきたい。
 1985年10月15日の出演時に久米さんから「お酒を飲まないだけに肝臓の調子はいいっていう自覚症状はありますか?」と訊かれた藤本先生は、「いいとも悪いとも肝臓を意識しませんから、別になんてことないんでしょう」と答えていた。
 結果的に藤本先生は、この時点ではなんてこともなかった肝臓を悪くしてお亡くなりになってしまった。運命の皮肉というか何といえばよいのか… 私は胸が詰まるような切ない思いにかられた。