漫画家生活50年記念誌「藤子不二雄A ALL WORKS」

koikesan2005-06-13

 藤子不二雄ファンサークル「ネオ・ユートピア」が刊行した藤子不二雄A先生漫画家生活50年記念誌「藤子不二雄A ALL WORKS」が届いた。
http://www.neoutopia.net/Action/nowprinting.htm

 会員優待予約に申し込んだ人のお宅には、すでに一週間ほど前に届いているようだが、私は、記事執筆・取材協力者としてこの本を贈呈していただく立場にあり、そういう立場の者の手元に届くのは、事情によりもう少しあとになるということだった。だから本当は、まだ私のところに届かないはずなのだが、私がこの本の編集長に「早く読みたい〜!」と駄々をこねたため、早めに送ってもらえたのだ。


 何はともあれ、当初の刊行予定から延期につぐ延期を繰り返していた本が、ようやく今日、手元に届いたのだから感慨もひとしおだ。思えば、私がこの本に『魔太郎がくる!!』についての文章を寄稿したのが2001年の夏、この本の座談会企画に参加したのが2002年12月のことだった。その座談会から遅くとも1年以内には本が完成すると踏んでいたのだが、そうはいかなかった。
 待ちに待って、待ちわびて、ときには待ちくたびれながらも、しかし待望する気持ちが消え去ることはなく、そんな日々を重ねてようやく手にとったB5判・394ページというこの本のボリュームが、本来の物理的な重さ以上にずしりと感じられる。待ち続けた時間の分だけ、じっくりと味わって読みたい1冊だ。


 これだけの分量なので中身をまだしっかりと読めていないが、藤子A先生の50年を超える漫画家生活を、豊富な資料を使いながら年代順に網羅しており、マンガ家・藤子不二雄Aの研究資料本としては最高峰の情報量であろう。
 各章ごとに「作品名鑑」のコーナーがあるが、これは、藤子A先生の全作品をレビューしようという無謀で壮大な企画である。厳密に言えば「全作品」を紹介しきれているわけではないが、藤子A先生の全作品に光を当てようかというこの大規模で野心的なレビューは、歴史的な快挙といえるのではないか。数々の単行本未収録作品はもちろん、事情によって封印された作品や、ずっとリスト漏れになっていた作品までを貪欲にとりあげているのだ。とくに、これまで誰にも言及されたことのないような極めてマイナーな作品が文と図版で紹介されたのは、非常に意義深いことと思う。
 執筆者それぞれの個性がにじみ出たレビューは、単なる作品紹介の枠を超えた刺激的な読み物としても堪能できる。私にとっては、これらの執筆者は友人知人ばかりなので、「ああ、この人がこの作品について書くのはよくわかるなぁ」とか「こういう語彙の使い方はこの人らしいや」などという楽しみ方もできたりする。


 富山県内の藤子A先生ゆかりの地をガイドした「富山紀行」は、藤子A先生が郷土に残した足跡を探る貴重な資料であるとともに、富山の観光ガイドとしての実用性も幾ばくかは備えている。私もこの記事の取材に同行したのだが、ただ観光気分にひたって遊んでいただけなので、いま思うと申し訳ない気がする。338ページに黒部のマスコットキャラ「ウォー太郎」の着ぐるみ2体の写真が掲載されているが、そのうちの1体の中身は私である。


 藤子A先生本人や関係者へのインタビューも充実しているし、作品リストや単行本リストもついている。
 もちろん、藤子A先生の単行本未収録作品が数作再録されているのも、この本の大いなる魅力である。今回再録された作品は、コママンガの一部を除いて私には既読のものばかりだが、『五百億円の鼡(ねずみ)』が再録されて陽の目をみたのは喜ばしいことだ。異色作、異端作の多い藤子A作品のなかで、この『五百億円の鼡』もまた独自の異彩を放っている。
 全28ページのこの短編は、現実のニュースの裏側で進行していたかもしれない架空の事件を、ドキュメンタリーのような客観的描写と、虚構ならではの人工的ストーリーを融合させながら、丸っこい描線やユーモアを排した劇画的な絵柄で描いている。「この劇画はフィクションで特定のモデルはありません」と断りが入っているが、この作品のベースとなった「沖縄の円ドル交換のための五百億円現金輸送」という出来事は現実のものだろう。初出は「週刊漫画サンデー」1972年5月20日号だ。



藤子不二雄A ALL WORKS」は、藤子不二雄A先生にまつわる情報を集めた本としては、その質と量両面において空前絶後のレベルにある。こうしたマニア的こだわりを貫いた研究資料本は、商業出版では企画が通らないだろう。というか、現状では、「ネオ・ユートピア」という組織にしか、このレベルの藤子本はつくれないはずだ。
 この本を制作したスタッフの面々に話を聞くと、「このレベルでは物足りない」「漏らしてしまったエピソードがたくさんある」「あれもやりたかった、これもやりたかった」と、まだまだ不満な様子で、感想を書くなら厳しい批判がほしいというようなことも言われたが、それは彼らの目指す水準が高すぎるがゆえの不満足感であって、このレベルの本をこの場で批判する言葉を私はもたない。
 スタッフの面々は、藤子不二雄A作品に並大抵でない愛情を寄せていて、しかも〝藤子不二雄〟に関しては妥協許さぬ完全主義者のような人物ばかりなので、どんなにハイレベルな本を作っても物足りなさがつきまとうのだろう。



 最後に、この大きな仕事を成し遂げたスタッフを祝福したい。
 幾多のも苦難を乗り越えての本の完成、おめでとうございます。




●6月14日追記
藤子不二雄A ALL WORKS」について、私は「このレベルの本をこの場で批判する言葉をもたない」と書いたが、「ネオ・ユートピア」の掲示板に、本書に対する辛辣な意見が投稿された。6月14日の片桐さんの書き込みである。
http://6513.teacup.com/ruruyan/bbs

片桐さんの意見は、この本の一側面を鋭く衝いていると思う。
たとえば、この指摘。

藤子研究の第一人者ではない自分が知っていて、万人が認める所の藤子研究の最高峰たるあなた方が、 知らないネタが余りにも多すぎるのだ。(中略) 私の知っているだけでも、A先生のテレビ出演は70年代だけでもかなりの数に上る筈であるし、当時は週刊誌などの対談や、サイン会などのイベントも頻繁に行われていたのだ。

「A先生に関するイベント、雑誌記事、テレビ番組などの情報が大量に漏れているのが心残りだ」という意見は、この本の制作に携わった人からも出ているし、私が把握している限りでも、藤子A先生にまつわる出来事、トピックで、本書に記載されていないものは数多くある。

年表ページ、全(?)作品紹介のページで、再三に渡って同じことを繰り返し記述するなら、その分もっとトピックを掘り下げてみては如何がだったのだろうか。

全作品紹介のコーナーでとりあげている作品を、年表ページでも誌面を割いて紹介し、その両方で似たようなコメントを加えていることがあって、その点で、〝同じことを繰り返し記述〟しているという片桐さんの指摘はそのとおりである。 


 あと、これは片桐さんの意見ではないが、この本の記事を執筆した、少なくとも2人の人物から、校正のまずさを指摘する声も上がっている。私の文章も、原稿の段階では正しい文字を書いたにもかかわらず、完成した本で誤植になっているところが、ざっと読んだだけで3ヶ所見つかった。


 しかし、そういう点を考慮に入れても、私の結論は片桐さんとは正反対になる。この本は、藤子不二雄A先生の研究資料本としては最高の充実度だと思うし、このレベルの本は今後そうやすやすと出てくるものではないという意味で、空前絶後だと感じるのだ。情報の取りこぼしも見られるが、それは取りこぼしという以上に、キリがないので情報の取捨選択をしたという面が強く、そういう取捨選択を経たうえでもなお、この本が達成した情報の網羅性は極めて高いといえる。
 今回の場合、私はお金を出して買った身ではないが、たとえお金を出していても意見は変わらない。不満よりはるかに満足感のほうが大きい。藤子Aファンとして、いつかこの本を超えるものが出てくれれば幸福だが、当分のあいだは無理だとしか思えない。
 この本の一番の問題は、刊行が遅れに遅れて、「藤子不二雄A先生漫画家生活50年記念」と言える時期から大きく外れてしまったことだろう。そして、この本を読みたいと待ち望んでいた人たちを、異常に長く待たせてしまったことだろう。


●さらに追記
 片桐さんは、辛辣な意見を投稿されたあと、この本のよい面に関しても投稿された。


藤子不二雄A新作情報
本日発売の「ビッグコミックオリジナル」7月増刊号に、『愛…しりそめし頃に…』の最新作「夢の57 新宿ワンナイト」が掲載されている。
この号で、ジョージ秋山の『銭ゲバの娘 プーコ』の連載がスタート。〝あの極悪ヒーローが金満ニッポンに復活!!〟巻頭カラー、一挙46ページ。