速水健朗『ラーメンと愛国』

 先月の下旬、小池さんが主人公の藤子不二雄Aマンガを集めた『小池さん!大集合』(復刊ドットコム)が発売されました。
 

 小池さんといえば、ラーメンが大好きなキャラクターとしてよく知られています。いつもいつもラーメンを食べている…。ラーメンを食べないと心が落ち着かない…。目が覚めたら寝床でラーメンを作って食べ、残った汁で顔を洗うほどラーメンを愛している…。それが元来の小池さんの姿なのですが、この単行本に収録された作品では、通常は脇役の小池さんを主人公に抜擢したこともあって、“ラーメンばかり食べている人”とは趣の異なる小池さんが描かれています。
 ただし、この単行本の冒頭に収録された短編マンガ『小池さんの奇妙な生活』では、ラーメン好きの小池さんがしっかりと登場しています。このマンガのトビラ絵からして、ラーメンを食べている小池さんですし、劇中に出てくる小池さんの献立表を見ると、朝昼晩のメニューがすべてラーメンになっていて、小池さんのラーメン愛がぞんぶんに伝わってきます。ラーメンをつくる過程も描かれていて、それを見れば、小池さんの食べているラーメンが「チキンラーメン」だと察せられます。


 そんな『小池さんの奇妙な生活』に言及している本が昨年刊行されていることを思い出しました。
 速水健朗著『ラーメンと愛国』(講談社現代新書、2011年10月発行)です。
 
『ラーメンと愛国』は、時代によるラーメンの変遷をたどることから日本の現代史を見ていこう、というテーマで書かれています。本書のまえがきから言葉を引用すれば、「日本のラーメンの普及、発展、変化を軸とした日本文化論であり、メディア史であり、経済史であり、社会史である」のが『ラーメンと愛国』という本なのです。
 この本の第三章「ラーメンと日本人のノスタルジー」のなかで、ラーメン好きのキャラクターとして小池さんが紹介され、小池さんが主人公の作品として『小池さんの奇妙な生活』がわずかながら取り上げられています。
 同章で松本零士先生の『男おいどん』やA先生の『小池さんの奇妙な生活』に触れた速水氏は、その後、松本先生や藤子先生の「世代」に着目し、昭和30年代に青年期を過ごしたマンガ家が自作品にラーメンを特別なものとして登場させているのは、この世代にとってラーメンが格別に思い入れの深い食べ物であったということだ、と論じています。



 藤子A先生はトキワ荘時代、中華食堂「松葉」のラーメンを食べた思い出をよく描いたり語ったりしています。『まんが道』で見られる、ラーメンを食べたときの「ンマーイ!」というリアクションは、非常に印象的です。食欲を強く刺激されます。
 
 
 
 藤子・F・不二雄先生は、トキワ荘グループの先生がたのなかでもとりわけラーメン愛が深かったといわれます。F先生は、インスタントラーメンについて、お湯をかけるだけで早く食べられるのが魅力的だし、固い麺がお湯をかけると違う食べ物に変身する魔法みたいなところに好奇心をそそられた、と語っています。
『新オバケのQ太郎』の「コップヌードル」(全集『新オバQ』1巻)や『ドラえもん』の「中身ごとのびちぢみカップ」(全集『ドラえもん』17巻)などには、きわめて巨大な容器(たとえば浴槽)いっぱいのラーメンを食べる場面があって、こうした発想はF先生のラーメン愛の賜物だと思うのです。
 SF短編『恋人製造法』には、地球に漂着した宇宙人が初めてカップラーメンを食べて感激する場面があります。飲まず食わずで飢えた状態にあった宇宙人は、地球人の少年にカップラーメンを食べさせてもらうと、激しく興奮しながら「銀河系くまなくうまい物を食べ歩いておるが、このような美味は初めてじゃ!」とカップラーメンの味に最大級の賛辞を送ります。
 はじめに雑誌で発表された『恋人製造法』が単行本に収録されるさい、F先生は カップラーメンを食べたときの宇宙人のリアクションを2コマ描き足していて、宇宙人の感激が初出時より入念に描写されています。こうしたところからも、F先生のラーメン愛が感じられます。


 そして、小池さんのモデル人物である鈴木伸一先生も、当然ながらラーメンが大好きだとおっしゃっています。
 先月19日に新宿ロフトプラスワンで開催された石ノ森スピリッツ「スタジオ・ゼロ物語」では、スペシャルメニューとして「ラーメン大好き小池さんのチキンラーメン」が用意されました。まあ、スペシャルメニューといっても普通のチキンラーメンでしたが、昭和30年代に鈴木先生や藤子先生たちが食べたインスタントラーメンはチキンラーメンだったわけですから、このメニューは正解なわけです(笑)
 イベント中は、このラーメンを鈴木先生が食べる、というサービスシーンも見られ、「リアル小池さんだ〜!」と感嘆しました。



『ラーメンと愛国』の話に戻りますが、この本のなかで私がとりわけ興味深く読んだのが、第二章「T型フォードとチキンラーメン」です。大量生産の思想・技術の話題から、チキンラーメンの誕生・普及の話に結びついていく展開が刺激的でした。
 速水氏は、アメリカにおける大量生産の勃興期を象徴する製品としてT型フォードを取り上げ、日本においてそれに当てはまる製品はチキンラーメンだととらえています。その視点がじつに面白かった。
 同章では、フォードによる大量生産の方式が蔓延した世界を風刺的に書いたオルダス・ハクスリーの小説『すばらしい新世界』が紹介されています。この小説の抄訳(内容を縮めて紹介したバージョン)を読んだ高校時代のF先生は、その内容をA先生に教え、そこから『UTOPIA 最後の世界大戦』の構想が膨らんでいったのでした。