『動物農場』から連想した藤子マンガ他

 先日、ジョージ・オーウェルの『動物農場』をハヤカワepi文庫で再読しました。前に読んだのは角川文庫だったかな。
 
 農場で飼われている豚や馬や牛や鶏などの動物たちが農場主である人間を農場から追放し、自分たちによる自分たちのための動物主義国家をつくろうとする物語です。この人間追放の行為は、ロシア革命をモデルにしています。
 人間に飼われるのが当たり前だと思い込んでいた動物たちに、じつは我々は人間の奴隷にされ搾取されているのだと説き、人間を農場から追放して動物の国をつくるべきだと主張したのは、老メイジャーという雄豚でした。そのモデルはレーニンです。
 老メジャー亡き後、動物たちは人間の追放に成功します。革命の成功です。動物たちの国でリーダー格をつとめる雄豚は2頭います。スノーボールとナポレオンです。前者はトロツキー、後者はスターリンがモデルです。
 現実の歴史のとおり、この物語でもナポレオン(スターリン)がスノーボール(トロツキー)を追放してしまいます。そして、せっかく人間を農場から追放して動物たちが自治する国ができたというのに、ナポレオンが動物たちの無知や事なかれな態度につけこんで、しだいに権力をほしいままにし独裁者になっていきます。
 結局、人間という王様に代わってナポレオンという独裁者が登場しただけのことになるのです。一般の動物たちが独裁的な権力者に虐げられる構造は前と変わりありません。一面では、さらにひどくなったといえるかもしれません。


 オーウェルは『動物農場』でソ連スターリン主義の実態をあぶり出し批判しようとしました。“スターリンによって歪められた社会主義”を批判したわけですが、それを敷衍すれば“独裁的・圧政的な権力全般”を批判している、と読むこともできそうです。狭義ではスターリン、広義では独裁的・圧政的な権力全般を批判していると考えられるわけです。そのうえ、権力者ばかりでなく一般民衆へも批判の眼差しを向けているのが特徴的です。権力者のやることに疑念や違和感を抱いているのに口をつぐんでやりすごし、批判や抗議をしてこなかった民衆たちを…。独裁的権力の誕生には、ある意味、民衆も加担していたのです。


 いま述べたとおり『動物農場』で革命を主導する3頭の賢いブタ、老メイジャー、スノーボール、ナポレオンは、それぞれレーニントロツキースターリンをモデルとしています。その3人の人物の名を持つ豚ではなく犬が登場するマンガがありまして、それが赤塚不二夫先生の『狂犬トロッキー』(原作:滝沢解)です。
 
 野良犬だったトロッキーは哲学教授の一家に拾われたものの、その一家に虐待され続けます。そんなある日、雷に打たれたショックで人間の言語を理解できるようになり、哲学書思想書を読みあさって自分の思想を持つに到ったトロッキーは、人間に飼いならされた犬たちを解放すべく革命に立ち上がります。トロッキーがひどくいじめられたり、犬が斬首されたりといった残酷シーン、哲学教授が披瀝するむやみに観念的なセリフ、革命の熱狂のほとばしりなどがあって、初読時には異様に強烈な印象を受けました。


 
 『動物農場』で描かれた“人間に飼育されていた動物たちが反乱を起こす”という要素から、『パーマン』の「動物解放区」(初出:小学四年生1968年1月号、単行本:F全集パーマン4巻など)を思い出します。『動物農場』で動物たちのリーダーとなって演説や指導を行なうのはブタですが、「動物解放区」ではその役割をニワトリが担っています。
 「動物解放区」は、物語の出だしが少し謎めいていてなんだか不気味ですし、カバ夫とサブが野良人間狩りにあって収容所送りにされたり、みつ夫らが死刑に処されかけたり、ニワトリによる「世界中の人間どもをぶっ殺せ」という演説がショッキングだったりして、『パーマン』の数ある話の中でも怖い印象を残す話です。


 藤子・F・不二雄作品史において『パーマン』の「動物解放区」の原型といえるのが、『てぶくろてっちゃん』の「動物たちの反乱」(初出:たのしい三年生1962年12月号、単行本:F全集てぶくろてっちゃん2巻)と、『とびだせミクロ』の「サーカス戦争」(初出:小学一年生1963年10月号、単行本:F全集とびだせミクロ1巻)です。
 
 『とびだせミクロ』の「サーカス戦争」は、人間に対して反乱を起こした東京の動物たちが警視庁や自衛隊を襲撃、戦車や戦闘機を奪取、テレビ局を占拠……というふうに話が展開して、学年誌掲載の作品ながらハードな読みごたえがあります。「上野人間園」などという施設もできたりして、人間と動物たちの立場が逆転した世界を皮肉っぽくあぶり出しています。
 「動物たちの反乱」も「サーカス戦争」も「動物解放区」も、頭のよくなる薬の効果で動物たちが利口になり、今まで動物に対して威張っていた人間たちに反乱を起こし、動物たちの世界を築き上げようとする話です。その点に着目すると、映画『猿の惑星』のリブート・シリーズ(2011、2014、2017年)にも通じるものがあるなあ、と思います。
 米澤嘉博さんは『てぶくろてっちゃん』の「動物たちの反乱」について、ポール・アンダースンの『脳波』を思わせると述べていました。


 『動物農場』を再読して、それに関連した藤子マンガや赤塚マンガについて書いているところで、石ノ森章太郎先生が『動物農場』を原作としたマンガを描かれていたなあ、と思い出しました。昔、ムック本かアンソロジー本で読んだ気がするのですが、現物が手元になくて内容の記憶もあいまいなのでした。ラストにインパクトがあったという記憶があるのみです。
 と、そんなことを思っていたら、奇遇にもその石ノ森先生が描いた『動物農場』原作のマンガを収録した本が新たに発売されて驚きました。11月10日(土)、ちくま文庫のレーベルから石ノ森章太郎『アニマル・ファーム』が発売されたのです。なんと良いタイミングでの発売でしょうか。『動物農場』をたまたま再読し、たまたま石ノ森先生のマンガ版を思い出したその時機に発売されたのですから。
 
 むろん購入しました!