テラさんの悲哀

 6月28日(月)、NHKの「BSマンガ夜話」で、藤子不二雄A先生の『まんが
道』がとりあげられた。
 その番組中で、良い人ばかりが出てくる『まんが道』という作品で描かれたトキ
ワ荘伝説は、いわば白トキワ荘の物語であり、先々月に上梓された『漫画に愛を叫
んだ男たち』(長谷邦夫著/清流出版)では黒トキワ荘の歴史が書かれている、と
いった意味の発言があった。
 
 私のように『まんが道』でトキワ荘伝説を知り、純粋に感動をおぼえた人間にとっ
て、『漫画に愛を叫んだ男たち』で描かれた事実は、一種の幻想破壊である。
 自分が抱いていた幻想を破壊されたからといって、文句を言っているのではない。
むしろ、戦後マンガ史の裏面の真実を知ることができて嬉しいくらいだ。


『漫画に愛を叫んだ男たち』を読んだ中で最もショックだったのは、テラさん(寺田
ヒロオ)の晩年の様子である。『まんが道』でのテラさんは、トキワ荘メンバーのリー
ダー格であり、頼もしくて思いやりがあって面倒見のよい人物として描かれている。
そして、そのイメージが私のテラさん像でもあった。
 そんなテラさんが、「酒を飲み続け、食事をろくに摂らぬ生活を続けた末の衰弱死」
という悲惨な最期を遂げるとは、やりきれない気持ちにおそわれる。


 以前、「えすとりあ」季刊2号でテラさんのインタビュー記事を読んだときも、『ま
んが道』で描かれたテラさん像との大きなギャップに驚いた。
 テラさんの口から、「だいたい僕にはトキワ荘時代の楽しい思い出や、面白い事件
なんて、ほとんど無いんですよ」「不安とか焦りとか、困った事や恥ずかしかった事な
どが毎日いっぱいあって、どちらかと言えば憂鬱な暮らしでね」などというマイナスの
言葉が出てきたのだから衝撃だった。
 藤子不二雄A先生にとってトキワ荘時代は「貧しくとも美しき青春」であり「一度
は戻ってみたい過去」であり「面白いエピソードの宝庫」であるのだが、テラさんには
ずいぶんと違ったものに感じられていたようである。


 テラさんのことをもっとよく知るには、梶井純さんの『トキワ荘の時代 寺田ヒロオ
まんが道』(ちくまライブラリー)を読むといい。この本は、テラさんがトキワ荘
でくらした3年半の生活誌に力点をおいた、テラさんの伝記である。現在は絶版になっ
ていると思われるので、古書店やネットなどで見つけていただきたい。